心のあり方の基本形を示した Irwin Hoffman
関係性のパラダイムが問い直しているのは、何だろうか? もちろん識者により大きく意見は異なるだろう。なぜなら関係精神分析についての正式な定義などあってないようなものだからである。しかしもし私がその本質を描写するとしたら、従来の精神分析理論に見られる本質主義であり、解釈至上主義である。それは精神分析をある種の本質探求と見なすことで失われてきたものを問い直すという姿勢であり、使命である。
(中略)
治療とは自発性(Hoffman
によれば特殊な形の愛情、肯定)がその底流にあるという提言は精神分析的な考え方の根本部分に反するのであろうか?あるいはそれと整合性を有するのだろうか? その答えを私は知らないが、ひとつ言えるは、関係精神分析的な流れはこの自発性と深くかかわって来たということである。そもそもFreudのリビドー論や解釈を中心とした治療技法を越える形で生まれた関係精神分析は、治療者と患者の間の生きた交流に焦点当て、血の通った治療関係を目指そうとしたところがある。関係精神分析を間接的、直接的に支えてきた人々、D.W.Winnicott, S.Ferenczi, H.S. Sullivan,
H. Kohut, S.Mitchellらを思い浮かべて思うのは、彼らが持っていた積極性やバイタリティである。彼らは精神分析をより開放された自由なものへと作り変えていくことを目指していたのである。さらには関係精神分析の全体の動きと平行して発展している乳幼児精神医学は、まさに赤ん坊の持つ「生きた行動」に焦点を当てたものと言える。現代の精神分析はおそらく、その治癒機序を技法的な熟達にのみ求めるのではなく、「特殊な形の愛情や肯定」が真に治療的な価値を発揮するような治療者の在り方を模索することを最大のテーマのひとつとしているのである。
参考文献)
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