2019年5月24日金曜日

AIと精神療法 ⑦

理想的なAIセラピスト
ここからは想像である。さんざん軽薄な議論を重ねた後で申し訳ないが、厳密な論文を書けるようなテーマではないとも思う。そこで私が想像する理想的なAIセラピストを書いてみる。ただしそこにいろいろな性質を取り込んでいくと、最後にはセラピストというよりはパートナー、という感じになってしまうのでそれはご了承願いたい。
一応ロボットとして形を与えておく。もちろん仮想上の、スクリーンにしか現れないセラピストを考えてもいいし、そのバージョンもアリであろう。しかし出来れば動き回れる方がよく、触った時にフワフワ感があるといいだろう。つまりペットのような存在で、抱っこすることで身体接触の感じを味わえることが必要であろう。もちろんそんなペットのような治療者だと落ち着かないという人もいるだろうから、据え置きにして、「フロイトロイド」のような姿かたちにしてもいい。またついでに言えばAIセラピストは「自分のことは自分で」できるようにしてもらう。すなわちバッテリーが切れかけたら自分で充電場所に行き、エネルギーの補給をしてもらう。もちろん排泄などの心配はないので、いわゆる「世話」をする必要がないだろう。これはフロイトロイドでも同じだ。というよりかこちらのバージョンは常にコンセントにつながっていることになるだろう。(私たちが日常用いているスマホはどうだろう? あれで一人で勝手に充電してくれれば、そして呼べば飛んできてくれるのなら、もうこれ以上望むものはないのではないか?)
AIセラピストは基本的に二つの機能を担う。第一に現在のご主人(以下、クライエントのことである)に関する情報をできる限り忠実に、バイアスなく伝えてくれることであり、第二にご主人とのやり取りを行うことである。もちろん両者は混ざりあって行われてもいいし、その方が自然かもしれないが、とりあえず分けて考えておく。
ご主人に関する情報には、現在のAIが可能なあらゆる事柄が含まれる。体温や血圧や脈拍数、顔色や血色から判断されるストレスレベルや栄養状況、さらには貧血や黄疸など医学的なデータがそこには含まれる。もちろんそれらをすべて数値にしてご主人に見せるわけではない。特に際立った、あるいは注意が必要な情報に限って、頃合いを見計らって伝えればいい。そしてそこにはご主人のこれまでの医学データが背景にあり、そのためにAIセラピストが注意を向けるべき項目もかなりカスタマイズされ、的確になるかもしれない。男性にとっては、「加齢臭が少しきついですよ」とか「爪が伸びていますよ」、場合によっては「鼻毛が伸びすぎですね。」「社会の窓が開きっぱなしですけれど、そのまま外出はしない方がいいですよ」など、誰も直接に言ってくれないことをやさしく伝えてほしい。目ざといAIセラピストなら、今日の靴下はもうずいぶん履いてますね。穴がそろそろあく時期ですよ。」と言ってくれるかもしれない。しかしこれらの指摘をうるさく感じる場合は、これらの機能をオフにすればいい。(もちろん「最近小じわが4本から6本に増えました、とか生え際が○○ミリ後退しました、などの機能は最初からオフの方がいい。私が特に言ってほしいのは、「シャツの襟がジャケットの襟からはみ出していますよ」という指摘である。時々職場について鏡を見て恥ずかしい思いをするのだ。)
もちろんこんな指摘をしてくれたら、いよいよセラピストのようになる。
「今日の会議でのあなたの発言は、あなたらしくありませんでしたね。何か思い当たることは?」とか、「今日は少し声に苛立ちが感じられます。お気づきですか?」あるいは「あなたはAさんに対してはほかの人に比べて少し皮肉が混じった言葉を掛けるようですね。」「今日の上司に対するあなたの言葉には、あなたがお父さんに対して持っている気持ちの転移が見られませんか?」などというのもある。(実は詳細を調節することもできて、フロイト流解釈、コフート派の解釈、などというチョイスもある。)あるいは「今日ご覧になった夢を教えてください。解釈はユング派にしますか?」などというのもあるだろう。
AIセラピストのいい所は、これらの言葉が「他意がない」と考えざるを得ないことである。解釈にしても、患者さんの連想に対するそれぞれの学派の典型的な解釈の膨大なデータから割り出されるものであり、AIセラピストのバイアスは除外されている。というよりはバイアスそのものが調節可能なので、「他意」を持ちようがないのである。デフォールトを楽天的で悪気がない状態にすることで、AIセラピストの言葉をある程度は客観的な自分の在り方として受け入れるしかない。(もちろん少し猜疑的になってほしいときは「猜疑モード」のメモリを上げることもできる。他のAIセラピストと仲良くしているときは少しはヤキモチを焼いてほしければ、「嫉妬モード」のレベルを上げる。
さてAIセラピストの関わりに関する部分であるが、最初は当然「コーペイモード」を最大にしてみる。それこそ「生きててエライ!」「息をしていてエライ!」から始まるかもしれない。これで心が安らかになるならそれでいい。しかし大抵の人は、「馬鹿にされている気がする」という反応をするだろう。その場合は、「コーペイモード」のレベルを下げていく。すると、例えば起床時間が8時なのに9時に起床した場合には、「すごい、一時間以内に起きられたね!」とはならずに「おはよう!」だけのコメントになる。こうしてあとはご主人にとって一番合ったレベルに下げていけばいい。もちろん虐められたい向きの場合には、「逆コーペイモード」もあるだろう。「ちゃんと起床できたからって調子に乗るなよ!」と声をかけてくるかもしれない。
お読みの方はお分かりのように、私はこれをかなりおふざけで書いてしまっているが、少しは本気部分もあるのである。