2019年4月16日火曜日

ある原稿 1

どこかに頼まれて書いている原稿

外部から見える心理士の姿
もともと臨床心理学の世界には門外漢であった私が、心理の世界に飛び込んで数年になる。私は大学で心理学の講義を受けたことすらない。更に海外生活が長かったため、心理士の世界はおろか精神科医の世界でも交友関係が少ない。その私が互いに結束が強い(ように見える)心理のベテランの先生方の中にポツンと放り込まれた当座はなかなか内容についていけず、気がついたらじっと心理の先生方の観察をすることが多かった。
 私が安心したのは、心理の世界では(精神科医たちに比べてであるが)常識的で話がわかる先生方が多いということである。最初から人の心を扱うことを目的として学び、臨床経験を積んでこられた先生方であるから、それは当たり前のことかもしれない。そしてここでは精神科医と心理士の協働がしっかり行われているようだという印象も持つことが出来た。もともと心理士と精神科医との関係は単純ではない。心理士の先生方の一部にとって、精神科医は一種の仮想敵として扱われることもある。そして私はそのことについて精神科医としての立場からコメントすることもある。精神科医に対する疑いの一部については心理士の先生方の主張がもっともだが、時には精神科医を警戒し過ぎているようだ、とも伝える。たとえば公認心理師法についての議論が盛んなころ、心理師が医師の指示を受けるというのはいかがなものか、云々という問題がいろいろ議論されたという。でも多くの精神科医は心理士()に指示を出す余裕さえ持てていないのが現状だ。ただし心理面接の重要さを軽視ないし無視する精神科医の存在も十分認識しているつもりなので、心理士の警戒の念も理由のないことではないことはわかる。そしてその分心理の先生方は精神科医に自らの信じることをはっきり伝えてはどうかと思う。
精神科医の立場から同業者の様々な評判やうわさ話を聞くが、その中には芳しくないものも少なくない。その多くは「話を聞かない」「薬を出すだけ」という類のものであるが、私自身もそのような苦情を言われたことがある立場からは、それをもたらす医療経済的な事情も影響していることが理解される。精神科医が外来で一日に数十人をこなさざるを得ないという状況では「薬を出すだけ」という精神科医を生み出すこともやむを得ないかもしれない。しかし精神科医の中には、心理職と役割を分担したり、心理士を信頼して仕事を任せるといった発想を持たない方も少なくないのである。(つづく)