2019年3月24日日曜日

解離の心理療法 推敲 39


44 解離に入るための自傷、解離から出るための自傷

自傷行為にはそれ以外にも様々な意味が伴う場合があります。ある患者さんは「切り始めると、急に記憶が飛んでしまう」と表現しますが、このように、解離状態に入ることを目的とした自傷や、「ぼーっとしていて不快だから自傷をする」というような、解離症状の中でも特に不快な離人感から抜け出すことを目的とした自傷なども解離性障害には認められます。後者のような場面で自傷をする代わりに、松本14)は、①両手で椅子の座面を思いきり押す(筋肉を用いて現実感を取り戻す)、②現在の日付と自分の年齢を思い出し、頭の中で自分に言い聞かせる(トラウマ記憶による退行を防ぐ)、③身近な人と握手やハグをする(安心感を得る)といった対処法を薦めています。
筆者の一人の米国での体験では、精神科病棟で自傷につながる乖離から抜け出すために氷を手に握りしめるという方法を取っていました。いわゆる「グラウンディング」の一環といえます。米国の冷蔵庫は製氷機が標準装備されていますので、手近に利用できるということとも関係しています。考えてみれば人が自らに痛み刺激を与える方法の中で唯一直接侵襲を与えないのが皮膚の冷点の刺激というわけですが、もちろん凍傷になるほどの刺激は論外です。
解離性障害の当事者やトラウマの治療者たちの話を聞くと、解離から抜け出したり自傷の衝動を抑えるという目的で実にさまざまな方法が取られているようです。これは言い換えればすべての人に著効を示すような方法がないということでしょう。しかしもうひとつの考え方は、いろいろな方法を試した上で、自分にとって一番有効な方法を見つけるということかもしれません。
ただひとつ気をつけなくてはならないのは、ひとつの自傷の手段を回避するために別の自傷の手段を選ぶことは本質的な解決にはならないということです。別のより生産的な、あるいは自傷を伴わない活動に満足体験を得ることができるのであれば、おそらくそれが一番薦められるでしょう。ある種の創造的な活動による快感、たとえば絵を描いたり音楽を聴いたり、運動をしたりということに伴う快感はそれらの代表的な例といえます。
もちろん快感の中で重要なのは、対人関係によるものです。私が経験した例で、人から認められる、話しを聞いてもらえるという体験が劇的に自傷の頻度を減らしたという例がありましたが、これはそれを示しているといえます。

 最後に、解離性の自傷への対応について、いくつかポイントを整理しておきたいと思います。とはいえ、それに正解があるわけではなく、実際には試行錯誤しながらの対応になります。また、その多くは非解離性の自傷への対応と重なってきます。

解離性の自傷への対応

自らの体験を描いた漫画の中で、ある当事者の方がこんなシーンを描いています。内科を受診した際に、医師がちらっと腕の傷を見て言います。「ではお薬を出しておきますね。あと…その腕ですけれど、精神科には通われているんですよね。黴菌が入ったら大変ですよ。ほどほどにしてくださいね。苦しいから自傷しちゃうんだと思いますけど。」ところが血に見えたのは実際には絵の具であったというオチです。
この内科医の言葉は医療側の典型的な反応をうまく表現しているような気がします。「ほどほどにしてくださいね。」には自制してくださいね、いい加減にしましょうね、という批判めいた感情が感じられます。言われた側はどう感じるでしょう?「こちらも好きでやっているわけではないのに・・・」という反応でしょうか?「わかってもらえていないな」という気持ちでしょうか。もちろん頭ごなしに自傷を非難し、やめさせようという反応は論外ですが、この医者の反応は、おそらく自分も自傷の経験がある人の反応とは異なります。
医師は自傷の傷跡を目にし、それを治療する場面が多いために、それを叱りつけるというより先に、どのような処理が必要か、縫合の必要はあるか、感染の可能性はどうか、という見方をする傾向にあります。しかし医師によっては救急医療を提供している立場でも「自分で切った傷は治療しない」と言って門前払いにしてしまうというケースもあるといわれます。もちろん出血多量ですぐにでも処置をしなくては、という場合は別でしょうが、自傷を「自己責任だ」「いちいち対応していたら癖になるだろう」などと言って取り合わないというケースは日本の医療においては多少なりとも見られ、それは精神疾患そのものに向けられた一種の偏見に根差しているのではないかと考えることもあります。2004年に筆者の一人(岡野)が帰国して一番当惑したのは、日本では精神科の救急は、ERでは扱わないという不文律があるということでした。
このように自傷行為はそれを扱う医療者側にも更なる意識改革が必要ですが、以下に当事者の方やその家族に向けていくつかのアドバイスを行います。