2019年2月22日金曜日

解離の心理療法 推敲 19


動けなくなるワカナさん(20代女性)

(中略)

治療構造からの逸脱は、セッションの前後だけでなくセッション中にも生じます。患者さんの内的な葛藤が面接内に持ち込まれるようになると、治療構造そのものを揺るがすような問題が生じます。面接中に患者さんが意識を失うこともあれば、自傷行為に及ぶこともあります。治療者が患者さんの行動をその場で阻止し、時には介抱し、安静になるまで面接を終われないという状況も起こります。行動化や人格交代の激しい患者さんの治療では、安定した面接のペースが定まるまで1回のセッションが規定の時間枠を大きく外れてしまうのは珍しいことではありません。それに備えて手の空いている治療スタッフや付き添いとなる家族がいればよいですが、実際にはそうした人手のない条件で患者さんに対応せざるを得ないことのほうが一般的です。
治療者は患者さんの病状や同伴者の有無など様々な条件を考慮しつつ、治療構造を設定します。例えば頻度および時間枠については、週1回から2回、ないしは隔週1回で時間枠は30分、50分、60分という形を取ります。治療者との信頼関係が形成され治療の流れが安定してくると、構造を大きく逸脱する行動化は次第に減少します。治療環境の事情から難しい場合もありますが、患者さんが安定するまではゆとりある構造を準備しておけるのが理想です。条件の許す限り、治療開始当初から治療の枠組みを患者さんの状態に合わせて柔軟に変化させる柔構造(岡野, 2008)を確保できるのが望ましいといえます。

4.面接外に持ち出される問題

DIDの治療において交代人格が出現すると、当初は想定できなかったような様々な「事件」が起こります。面接時間の前後に患者さんの別人格がトラブルを起こし、大きな病院などでは他科のスタッフを巻き込む騒動に発展することもあります。治療者にとっては頭の痛い問題ですが、面接の前後に起きる「事件」は患者さん自身も自覚できない別人格の情動が、面接内で表現しきれず表れたものと理解し、取り上げて話し合えることが大切です。
患者さんとの関わりが面接内に留まらない場合には、その診療所、ないしは病院の他の部門との連携も極めて重要になってきます。あるいはそれらの協力があることで初めて解離の治療が可能になるというところがあります。患者さんとの応対を行う受付のスタッフの理解や協力、主治医が同じフロアにいる場合は主治医との連携をもつことで、まず解離の治療を行うスタッフや治療構造自体が受け入れられ、理解されることが必要となります。

意識を失うジョンさん(20代男性、無職)

(中略)
  
5.構造が揺さぶられる事態への対処
 
治療構造というものは決して不動なものではなく、治療者や患者の都合により動かしたり、患者さんの事情で揺さぶられたりするものです。そしてそれは治療の初期に限ったことではありません。治療が進んでいく中で、患者さんの心の様々な部分に潜在していた記憶が活性化されると、様々な感情が湧き、そのたびに治療構造が揺り動かされることがあります。
 患者さんによる治療構造の揺さぶりの一つの典型は、治療者への依存心の高まりです。最初は遠慮や警戒心もあり、主人格が節度を保ち時間枠を守ろうとしているにもかかわらず、そのうち様々な感情を出すことが出来るようになった結果として、治療者に近づきたい、甘えたい、もっと一緒にいたいという気持ちが高まることがあります。すると面接の終わり近くになると子供の人格になり、退室することをしぶる傾向が見られたりします。また治療の半ば近くになりようやく表現でき始めた過去の外傷的な体験が、終了時間に近づいてもおさめられないこともあります。特に面接時間を一回50分に設定することが出来ず、30分で終了しなくてはならない治療構造では、このような問題は半ば必然的に起きる可能性もあります。さらには治療者のふとした不用意な言葉がきっかけとなり、攻撃的な人格や退行的な人格が表れて暴走し、面接が時間までに終われなくなることもあります。そうした事態への対処として、言葉によって表現されない欲求や感情について取り上げることも有効です。交代人格の行動を通して、主人格が自覚できないでいた情緒への気づきを促す方法です。しかしそれを治療構造内で行う余裕がなくなってしまう場合も、少なくありません。