2019年2月21日木曜日

解離の精神療法 推敲 18


すでに数人の交代人格の存在を自覚している患者さんでは、治療を通して自分が変化することに不安を覚えている場合もあります。交代人格の働きに助けられている患者さんの多くは、その存在が消されるのではないかという恐れを抱きます。交代人格の活動性が高まった結果として、主人格は「自分が消えてしまう」ように感じたり、むしろ「自分がいなくなればいいのだ」と考えてしまうこともあります。主人格が治療を求めていても交代人格がそれに賛同していないと、面接中に別人格が現れて治療を妨害したり、治療者の真意を探ろうとしたりします。このような場合も、誰と契約を結ぶのかという問題が起きます。
解離性同一性障害の治療では、それが正式に始まってしばらくしてから、それまで全く出合ったことのない人格がセッションに訪れることもあります。その人格にはおそらくこれまでの治療の経緯を説明したうえで、新たにラポールを形成する必要が生じます。その人格と新たな治療契約を結ぼうと考えるよりは、別の人格が以前契約を結んだことを伝えたり、それを示すことに意味があるでしょう。
この様に考えると、治療契約を最初の面接の際に、急いで取り交わすことにも是非があることが分かります。時にはこの種の契約は治療者の側が早く正式に治療を始めたいという焦りの表れであったりします。解離性障害はそのケースとしての興味深さから、治療者が治療を始めることを強く望み、それが患者さん側に警戒の念を抱かせる原因にもなります。場合によってはそのような事情も考えたうえで、治療の構造を大まかに説明したうえで、大体の点での了解を口頭で得て、それを記録に残すという形にとどめる必要もあるでしょう。正式な治療契約の文書を交わすのは、もう少し治療関係(ラポール)が定まってからであってもいいでしょう。

3.  治療構造の柔軟性を保つこと
治療の基本的な設定としては、さまざまなものが含まれます。面接を行う場所、椅子やカウチの空間的な配置、曜日や時間帯といった枠組みとその頻度、料金などです。座る椅子の心地よさ一つをとっても、そこでの治療に非常に大きなインパクトを与えます。多くの患者さんにとって、治療者がいつも同じ場所で、同じような笑顔で導き入れてくれることが何より大事なのです。人には、いつもと同じことを繰り返すことに心地よさを感じるところがあります。予想外のことが起きない、という安心感もそこに重要な役割を演じます。治療構造を設定することにはそのような私たちの持つ傾向が背景にあります。
ただしこれまでも述べたとおり、解離性障害の患者さんの治療においては、場所や時間枠などの基本構造が不安定になることもまれではありません。患者さんの多くは時間感覚の混乱や喪失の症状を抱え、DIDでは人格交代の間の記憶がないことも多く、そもそも予定通りの行動を取ることが難しいからです。通常の心理療法では同じ曜日や時間帯に一定の頻度で面接を行う構造が望ましいとされていますが、解離の患者さんの面接ではそこに収まらない事態が多発します。
次の例のように、治療構造からの逸脱はセッションが始まる前から生じることもあります。面接を行う場所を決めていても、それが守られないという状況も生まれたりします。