交代人格を否定するハルナさん(20代女性、アルバイト)
(中略)
すでに述べたとおり、DIDの治療では、「人の心はひとつである」という固定観念を捨てることが必要です。交代人格の心の働きは主人格が直接関与できないところで生じていると考え、それに基づいた働きかけを工夫するべきなのです。主人格に向けて「交代人格の示す感情のすべては、本来あなた自身が生み出したものである」と説くことは、患者さんを混乱させることもあります。DIDの人の心の中ではそれぞれの人格システムが独立して機能しているという原則を常に念頭に置くべきでしょう。
3. トラウマの結果として生まれる否定的な自己像
解離性障害の患者さんの多くは、過度に否定的な自己像を抱いています。ありのままの自分には価値がなく、誰かのために役立つことによってのみ、ようやくこの世に存在する資格ができると感じています。過去に起きた辛い出来事は自分の愚かさが招いた結果であり、すべての責任は自分にあると考えがちです。客観的にはその人が被害者であることが明らかな場合でも、本人は不満や怒りを全く感じておらず、治療を通して初めてそれに気づくことも少なくありません。
こうした自己像を抱く理由のひとつには、彼らが身近な他者の言動をそのまま取り入れてしまい、自分自身を悪い存在と認識してしまう傾向があります。例えば我が子を傷つけた親が自らの罪悪感を抱えきれず、あたかも子どもの側にその原因があるように思い込むと、その誤った理解を取り入れた結果として、「私が悪いのだ」と実感します。こうした関係性から生まれる歪んだ自己像について、精神分析家のシャンドール・フェレンツイという人は「攻撃者への同一化」という心の働きから説明しています。(後の第●●章でもう少し詳しく触れます。)ここでいう同一化は、子ども(すなわち被害者)が攻撃者そのものになると意味ではなく、攻撃を受ける対象イメージに自分自身を当てはめてしまう心の働きのことを示しています。「あなたは悪い子だ」と言われて、「その通り、自分は悪い子なんだ」と信じてしまうのです。
悪い自己像のもうひとつの背景には、自分ではどうすることもできない状況に置かれ続けた患者さんが他者に期待することを諦め、自分自身を変化させることで事態を乗り切ろうとしてきたという事情もあります。自分を取り巻く状況が悪化する中で、周囲に理解者や助けの手を差し伸べる人がいなければ、それを求めることをやめてしまいます。そしてすべては自分の責任と考え、「自分が頑張れば良い」と思うことで救いが生まれるため、その考えに沿って自分を変えようと試みるのです。
こうして彼らは自己犠牲に基づく過剰適応の様式を身に着けます。事態の悪化に自力で対処する方針を究めれば、最終的には自分の在り方そのものをすっかり変えてしまえばいいという結論に至ります。ただしそれでもその努力や試みには限界があり、窮地にたたされてどうすることも出来ない場面に遭遇するでしょう。そしてこのような時にしばしば、他人に対しても物怖じせず自己主張を出来るような交代人格が突然誕生するのです。他者への期待に添えずに絶望した際に意識が遠のいた瞬間を覚えている患者さんもいるようです。
攻撃者の人格をもつタツオさん(30代男性、専門職)
(中略)