2018年12月22日土曜日

解離の本 61


1-1 怒りと攻撃性

 怒りと攻撃性は、黒幕人格のまさに核となる要素といえるでしょう。ふだんは穏やかな患者さんが、日常生活において突然激しい怒りを表出し、自傷行為に及んだが、その記憶がない、というエピソードを聞くことがしばしばあります。これは黒幕人格が出現して一連の行動を起こしたということを暗示していますが、それを聞いた治療者は、目の前の患者さんと、語られたその激しい行動との違いに動揺することもしばしばあります。もちろん患者さん本人はそれが自分の起こした行動であるという自覚さえも少なく、また周囲の人の、本人が聞いたらさぞショックを受けるであろうという配慮から、実際の行動について本人に伏せられていることもあります。ただし多くの患者さんは「自分の中に怖い人がいるらしい」「自分の中の死のうとしているようだ」「どうしてそんなことをするのか、わからないから、止めてほしい」などと、第三者の存在やその行動として語られることもあります。
 ここで特筆すべきは、主人格や他の人格は、怒りの感情の表出の仕方をあまり知らないということでしょう。周囲の誰かが主人格に対して、トラウマに関連する行動や侵襲的な態度を示した状況のときに、抱えた怒りや攻撃性をどう処理すればいいのかに困惑して、瞬時に黒幕人格と交代します。これは、主人格が黒幕人格を呼んだり招いたりして交代するというよりも、主人格がその瞬間に忽然と消えてしまい、黒幕人格が突如前に出てくるようなことであると考えられます。経路としてはここで三通りの可能性が考えられます。一つは怒りをそもそも表現してはならないという内的な抑制がかかる場合です。ただし怒ってはいけない、という他者からの抑制がその原因として存在していたとすれば、この第一の可能性は次の第二の場合に吸収されることになるでしょう。
第二の可能性は怒りを他者から、あるいは状況により抑制されている場合です。誰かから暴力を加えられた場合、怒りの表現がさらに相手からの暴力を招くことが分かっている場合、それらの感情表現は封じられることになります。そしてそれはその時成立した、将来の黒幕人格により荷われることになります。第三の可能性は暴力をふるってきた人格がそのままその人に入り込み、黒幕人格を構成するという可能性ですが、これは以下に述べる黒幕人格の生成過程でもう少し詳しく説明しましょう。