2018年12月23日日曜日

解離の本 62


1− 2 正体がつかめないこと

 黒幕人格が、なかなか正体をつかみにくい理由としては、おそらく完全に人格として形成されていないという事情があります。筆者が出会ったある患者さんたちは、黒幕人格のことを「怖い人」「攻撃的な人」「おばけ」などと呼んでおり、宮崎駿のアニメーション映画「千と千尋の神隠し」に登場する「顔なし」や、人気ゲームのドラゴンクエストの「ドラクエのキングスライムになぞらえる人もいます。
患者さんから特別その話を聞かない限り、面接初期には、黒幕人格はあまり意識されません。しかし、患者さんが家族から聞いた困った行動などが語られ始めると、黒幕人格の存在が、急に大きなものとして治療者に迫ってくることになります。とはいえ、他人に見られることや、識別されることを望まない黒幕人格は、そう簡単に面接中には現れません。また治療者側も、出会うことに躊躇する気持ちを抱えることが多いといえます。
この様な黒幕人格の性質は「精緻化されていないunelaborated」とでもいうべきものです。精緻化、とはいわゆる「構造的解離理論」に記載されている概念で、人格がその年齢や名前、性格、備えている記憶などがどの程度詳細に定まっているかを示します。精緻化されている人格は、言わば人格としての目鼻が備わり、詳細な個人史や知識を持っています。それに比べて黒幕人格はそれが整っていない、言わば「顔なし」に近い状態なのです。
黒幕人格が顔なし状態に近い理由はいくつか考えられます。自傷や暴力自体が衝動的で高次の脳機能による内省や熟慮を経ていないことを考えると、その人格はより原始的で動物に近いレベルでの理性や知性しか供えていないという可能性もあるでしょう。あるいは以下の三番目の性質に述べるように、それが出てくる時間が限られるために経験値を得ることもなく、言わば社会性のレベルについてはきわめて低い状態に保たれている可能性もあります。
ただ「黒幕」という呼び方が含意する通り、そこには裏で支配する、闇で糸を引くというニュアンスもあり、中にはきわめて高い知性を備え、みずからの姿をことさら隠すことで隠然たる力を発揮し続けるという場合もあります。
いずれにせよ黒幕人格に接触して心を割って話すということは非常に難しく、そのために時々起きる暴力や自傷行為、過量服薬や万引きなどに対して有効な策を講じることが出来ないでいる場合が少なくないのです。