2018年12月19日水曜日

解離の本 58


治療者としてDIDの患者さんと面接するということは、すなわち一人の患者さんに対していくつもの人格に出会うということを意味します。存在する交代人格は個人によって様々ですが、共通の特徴をもった人格に出会うこともあります。特に子供の人格はDIDの方のほとんどに見られるという印象があります。あるいは異性の人格、基本人格自身の若い頃の人格などもよく出会います。興味深いことに、患者さんの実年齢より年上の人格は非常に少ないという印象を受けますが、もちろんこれにも例外はあります。それ以外にも犬や猫などの動物の人格、「鬼」の人格、どこかの神社の守り神の人格など、非常に多彩です。その中で私たちが「黒幕人格」と呼ぶ人格の存在はある意味では異色と言えますが、治療や予後を考える上での大きなカギを握っている人格と言えます。彼らと良好な関わりが出来れば、治療者の助けになってくれるといえるでしょう。しかしそのような友好的なかかわりを持つことはむしろまれで、それとの関わりやその扱いには多大な臨床的なスキルや慎重さが求められます。
まずここで、この「黒幕人格」という表現について少し説明しておきましょう。これまでの解離のテキストを読んでも、そのような記述を目にすることはあまりありません。そもそも、いくつかの人格を併せ持っている人達の存在があまり社会で認識されていない以上、そのような言葉になじみがないのは自然なことかもしれませんが、解離を専門的に扱っている治療者の間でも特に論じられることはありませんでした。しかし、実際にカウンセリングの場でDIDの患者さんとの面接を進めていくと、私達が「黒幕人格」と呼んでいる人格が大きな存在感を放っていることが次第に分かってきます。

治療が進み患者さんの状態が安定してきたと考えていると、治療者は突然どん底に突き落とされるような体験を患者さんと共にすることがあります。この章で後述する事例にも登場しますが、ようやく希望していた再就職が決まり、なんとか頑張れそうだと嬉しそうに話していた患者さんが、その数日後に踏切へ飛び込み、自殺未遂を起こすというような出来事が起きたりするのです。そして、そのときの記憶が全くない、どうしてそんなことをしたんだろう、と面接室で困惑し戸惑う患者さんを目の当たりにするのです。そしてここに黒幕人格が関与している場合があるのです。