2018年12月16日日曜日

解離の本 55


最後に、解離性の自傷への対応について、いくつかポイントを整理しておきたいと思います。とはいえどこにも正解があるわけではなく、実際には試行錯誤しながらの対応になります。また、その多くは非解離性の自傷への対応と重なってきます。

5-1 患者さん本人に対して
 これまで見てきたように、自傷は、心理的、生理学的要因があって反復する傾向にあります。そのために「自傷行為をやめなさい」と伝え、行為だけをやめさせようとしても、それが抑止力になることはなく、逆に自傷行為を引き起こす苦痛になる可能性があるのです。また、「なぜ傷つけたの?」と訊ねることも、その原因や経緯、あるいは傷つけた時間さえも曖昧な解離性の自傷においては当人は「わからない」としか答えられず、それ以上問うことは患者さんを追い詰めるメッセージになりかねません。患者さんは他者との間で安心感を得た経験が少なく、また解離による記憶の混乱もある状況で治療を求めることには想像以上の強い不安を抱えていることが多いものです。情緒と行為の隙間を埋めていく作業を共同で行っていくことが大切でしょう。その際患者さんの行動を自傷も含めて否定することから入るのは適切ではありません。
しかし自傷行為が起きたその前後に何が起きていたのかについて一緒に検討することはとても大事だと思います。私が繰り返し聞くのは、その日は特に問題なく過ごしていたのだが、恋人と電話をしていて、そこで何かの言葉を言われたのをきっかけにして自傷に発展したというようなケースです。自傷行為にはこのように偶発的な出来事から発展することがかなり多く、ある意味では防ぎようがないというニュアンスもあります。ただその恋人と話す機会を持ち、何が自傷のトリガーになっている可能性があるのか、何かキーワードがあるのか、等について検討することはとても大切なことです。
実際に自傷に及んだ人格は、なかなか臨床場面には表われず、行為がどのような感情体験から生まれているかを探索しても話が深まらないように感じられることも多いものです。ただし面接場面で語ってくれている人格の背後で行為に及んだ人格が話を聞いている可能性もあります。なんらかの苦痛、無力感、怒りがあって、自傷につながっているという理解を、眼前に現れている人格を通じて、背後の人格に伝えるといった意識も重要かと思います。