2018年12月7日金曜日

解離の本 48


4-3 黒幕人格の存在による自傷
患者さんの交代人格の中には、攻撃性の高い、いわゆる「黒幕人格」が認められる場合があります。この「黒幕人格」については、簡単に言えば「怒りや攻撃性を持ち、その姿はあまり認識されることがないものの、重大な状況で一時的に現れる人格状態」のことを指します。解離性同一性障害では、この「黒幕人格」が主人格をはじめとする自己の内部を攻撃する形で、自傷に至る場合があります。

【症例】

ヒカル(仮名) さん(20代、女性)

省略

ヒカルさんは、過去の記憶の多くが曖昧で、治療はなかなか進展しませんでしたが、次第に支配的な親のもとで自分の主張を通すことなく成長してきたこと、そうした対人関係のありようが、家族外の他者との間でも繰り返されてきたことがわかってきました。〈自己表現を許されず、不満や怒りを心に留め続けてきた結果、それが「怖い人格」となって、耳元や頭の中で命令するのであろう〉と説明すると、ヒカルさんは「それでなんとなく納得できた気がする」と言いました。
 「黒幕人格」には、一般に攻撃性が高く、破壊的、という特徴があります。その背後には、理不尽な出来事に無抵抗で、怒りも悲しみもなかったことにしている主人格への怒りなどがあるのかもしれません。人生の文脈から切り離された、耐え難い苦痛の記憶を、この「黒幕人格」が一手に引き受けさせられているとすれば、「黒幕人格」の怒りも理解できます。にもかかわらず、厄介な存在とされ、切り捨てられそうになれば、激しい怒りにもなるでしょう。
また、この「黒幕人格」成立に、仮説として、「攻撃者との同一化」というプロセスとして説明される場合があります。「攻撃者との同一化」とは、もともとは精神分析の概念ですが、児童虐待などで起こる現象を表すときにも用いられる用語です。攻撃者から与えられる恐怖の体験に対し、限界を超え、対処不能なとき、被害者は無力感や絶望感に陥ります。そして、攻撃者の意図や行動を読み取って、それを自分の中に取り入れ、同一化することによって、攻撃者を外部にいる怖いものでなくする、というわけです。