2018年11月28日水曜日

解離の本 42


さて、この報酬系と自傷行為の関係ですが、岡野は、自傷行為が報酬系を刺激し、自分の身を守るボタン(パニックボタン)として成立する過程を次のように述べています。

非常に大きな心のストレスを抱えている人が、髪をかきむしり、たまたま頭を壁に打ち付ける。すると少しだけ楽になることに気が付くことがあるはずだ。それまでは痛みという苦痛な刺激にしかならなかったはずのそのような行為が、突然自分に癒しの感覚を与えてくれることを知るのだ。試しに腕をカッターで傷つけてみる。確かそんな話をどこかで読んだからだ。すると痛みを感じず、むしろ心地よさが生まれる。「このことだったのか・・・・」こうして普段は絶対押すべきではないボタン、と言うよりはそこに存在していなかったボタンが緊急時用のパニックボタンとして出現する。

報酬系は、本来は脳の奥深くにあり、それは生活で喜びや楽しさを感じられるような行為に伴い刺激され、快感を生みます。そこを人工的に刺激しようとすれば、そこに直接作用するような薬物(酒、たばこ、違法薬物など)を摂取するか、あるいはオールズとミルナーのネズミの実験のように、そこに長い針を刺して電気刺激を与えるしかありません。しかし、極度のストレス下においては、通常は痛みを伴うはずの、壁に頭を打ちつけるような行為が、痛みを引き起こさず、報酬系に直結する刺激となって作用する、という現象が起きることが知られています。この偶発的な出来事から発見されたパニックボタンが、強いストレス状況のもとで繰り返し用いられるようになると、自傷行為が成立することになります。本来、自傷は痛覚を刺激するわけですが、それがむしろ報酬系を刺激する方向に向かうという、一種の脳の配線障害が起きていると考えられるでしょう。