2018年11月26日月曜日

解離の本 40


ホロウィッツは、ロサンゼルス動物園からの依頼で動物の病気を診るようになりました。そして動物の診療を重ねるにつれ、動物と人間の病気には共通性があり、獣医学からの知見が人間の症状理解に非常に役立つことに気付きました。そのことは自傷行為についても当てはまり、自傷する動物を観察することによって、よりシンプルにその行動の起源を探ることができるのではないか、と考えたのです。
動物の自傷行為の定義としての「自分の肉体を傷つけてダメージを与えるための、意図的な行動。当人を愛してくれる周囲の人々の混乱と苦悩」は、まさに人間の自傷行為に共通するものだと、とホロウィッツらは言います。そして、このような強迫的に自分を傷つける行動を「過剰グルーミング」という視点から説明しました。グルーミング、というと、サルが相互に毛繕いをする姿などが浮かびますが、そうした社会的グルーミング以外に、自分自身に対して行うセルフグルーミングも存在します。たとえば、自分の体をなでたり、爪を噛んだり、かさぶたを取ったり、といった程度のことは、多くの人が癖のように無意識に行っていることでしょう。こうした行為には、脳内麻薬物質エンドルフィンが放出されるため「解放-安堵」の作用、鎮静効果があることが判明しています。みなさんの多くが経験的にも実感できるところだと思います。このグルーミングは、通常は穏やかに生活の中に折り込まれているものですが、一部の人間や動物においては、強力な自己鎮静効果を必要とする一群があり、極端な形のグルーミングを求めた結果、自分を傷つける行為につながった、というのが、自傷を「過剰グルーミング」ととらえる考え方です。
また、ホロウィッツらは動物の自傷への対処として、より侵襲性の少ない自傷を認める、という方法を提案しています。たとえば、心不全の手術を施されたゴリラでは、縫合跡をいじって深刻な結果をもたらさないよう、強いグルーミング欲求を利用し、爪に派手な色のマニュキュアを塗ったり、実際の手術には関係がなかった「おとり」となる縫い目を作ったりして、関心をそらすそうです。同様の発想から、人が自傷衝動に駆られたときには、アイスクリームの大型容器の中に指を突っ込む、氷のかけらを握る、手首にはめたゴムバンドをはじく、カッティングしたい場所にカッターの変わりに赤いマーカーで線を引く、といった方法を勧めるセラピストもいます。とはいえ、これは、短期的な解決法であり、人間はもとより、動物の自傷においても獣医師らは社会的関係の改善が必要であることを説いている、ということも重要な要素として付け加えておかなければなりません。
ここでは、獣医師と医師の両者がともに動物の病気について学ぶ「汎動物学(Zoobiquity」の視点から自傷を考えてみました。動物の場合、行動からの観察は可能ですが、どのような主観の意識内容があるのかを知ることはできません。そのため、動物の自傷から得られる知見が、どこまで人間のそれに援用できるかという点については慎重さも必要だといえるでしょう。