2018年9月11日火曜日

刻印 推敲 2


さて問題はこの逃走-逃避反応においてその情動のレベルが極度に高かった場合には、それに強く反応した扁桃核は記憶を司る海馬を強く抑制することにより、その陳述的な記憶を阻害するということである。そのようにして形成された記憶がいわゆるトラウマ記憶である。そしてこの反応パターンが脳にまさに刻印された形となり、将来そのトラウマ状況を想起させるような刺激により、この最初のトラウマの際の脳の興奮パターンが再現されることになる。そして人は最初のトラウマ状況において体験したのと同様の恐怖や不安や、同様の身体感覚を体験することになる。それがフラッシュバックと呼ばれる現象である。

2.転換症状としての身体症状

トラウマの身体への刻印とその表現の第二のタイプは、いわゆる転換症状と呼ばれる身体症状である。ただし「1.フラッシュバック」に比較してその詳細な機序についてはほとんど明確になってはいないと言わざるを得ない。転換症状は臨床上は極めて多彩に表現される可能性がある。それを一言で表現するならば、「機能的な神経学的症状」となる。通常は個別の随意筋や感覚器官による運動機能や感覚機能は、そこに器質因がうかがわれる際には神経学 neurology, すなわち神経内科や脳神経外科の扱う対象になる。例えば声が出ないという症状があるとしたら、声帯そのものの耳鼻咽喉科的な所見がないのであれば、声帯に向かう運動神経(反回神経など)に何らかの器質的な原因を探ることになる。たとえば神経が途中で切断されたり腫瘍や脊椎の一部などにより圧迫されていたりする場合だ。しかしそれらの病変が見つからないにもかかわらず症状がみられる場合、それは「機能的」な神経学的症状として記載する以外にない。この「機能的な」障害とは苦し紛れな、しかしそれ以外に表現しようのない状態像なのである。つまりそれは「声帯には目に見える病変はないが、それでもなぜか声が出ない状態」という表現であり、原因不明であることを言外に含んでいる。そしてそれが従来の転換性障害が最新の診断基準であるDSM-52013)およびICD-102018)における診断名「機能性神経症状障害 functional neurological symptom disorder となっている。従来はこれを転換症状と呼び、フロイトが無意識の葛藤が身体に転換されたものとしてこう呼んだが、DSM-5ではより記述的な表現が併記して用いられている。更には ICD-11 においては、転換症状という用語そのものが消え、解離性神経症状障害Dissociative neurological symptom disorder という記述となっている。これはいわゆる転換症状という概念そのものの信憑性を問い直す形となっている。