2018年8月24日金曜日

他者性の問題 9

 ということでこの短い論文を少し読んでいく。実はこれを読むと、例えば「意識とは何か」という極めて基本的なことが学問の世界でも何もわかっていず、せいぜい仮説的なものしか提出されていないということがわかる。しかしそれでもノーベル賞受賞者ジェラルド・エデルマン、以前京都にも来た統合情報理論のジュリオ・トローニ、そしてグローバル・ワークスペース理論のバーナード・バールズあたりがこの研究では傑出しているらしい。ただし彼らの理論もすごくファジーだ。
 これらのうち三人目の先生は私が知らなかった人だが、エデルマンがこの論文で自分の説と統合しようとしているのだ。このグローバル・ワークスペース(GWS)理論について少し調べてみたが、要するに心とは狭いワークスペースに向かって、様々な心の機能がつながっている状態のことを指すらしい。といってもワークスペースにたくさんのものが一度に載っているのではなく、ある刺激がそこに与えられると、それに関係するあらゆるものが、無意識ではあってもいつでも繋がり意識化されるような状態にあるというのだ。それをバールズ先生は、ステージの上のスポットライトが当たった状態と、暗闇の中にいるたくさんの観客との関係として描いている。うーん、なんだかわかったような、わからないような。 でもとにかく意識の在り方は、あたかも目の網膜の黄斑部で中心視をしながら、周辺も見ている、という感じなのだろう。あれ、こっちの比喩の方がよほどわかりやすい気がするが。
 さてエデルマンさんの本は昔読んでいたから少しわかるが、意識とは、大脳皮質と視床との間の高速の情報の行き来により生まれるという説だ。エデルマンは、この昔から言っている理論を繰り返すところから始まる。意識がある時、必ず皮質と視床は活動しているよ、と。そしていずれかが大きく損傷すると意識が形成されなくなってしまうと説明する。特に視床の intralaminar nuclei 髄板内核という小さな部分が損傷すると、意識が成立しなくなるという。ふーん、そうなんだ。やはり視床は大事なんだ。