トラウマ刺激が入力された場合は、それに強く反応した扁桃核は記憶を司る海馬を強く抑制することにより、その陳述的な記憶を阻害する。こうしてトラウマ記憶はその内容の詳細は想起できないにもかかわらず、強い情動反応を伴うことになるのである。扁桃核は側頭葉の奥深くにある左右一対のアーモンドのような形をした器官である。VDK先生はこのような扁桃核の役割を「煙探知機smoke detector」と呼ぶが、そこではそれが自らの生存にとって危険と感じたならば、すぐにそれと直結した視床下部や脳幹に指令を発して、ストレスホルモン(コルチゾールとアドレナリン)を放出するとともに自律神経を介して身体全体を闘争逃避反応のモードに切り替える。この反応がいかにすばやく生じるかを私たちはよく知っている。森を歩いていていきなり上から毒蛇が降ってきたと認識した次の瞬間には、私たちは素早い筋肉運動を生じ、素早くそこ飛び退り、その時にはすでに心臓の拍動は高まっているはずだ。このように扁桃核は極めて巧妙な形で見に迫る危険から私たちを守ってくれるが、トラウマを体験した人では、この扁桃核の過剰反応が起きる。何気なく自分に近づいてくる人影を攻撃者と認識して闘争を起こさせる、偶然他人が体に触れただけで驚愕反応を起こすという事態が生じるのである。
ちなみにこの扁桃核の興奮はほかの様々な反応を引き起こす。VDKが強調するのは、フラッシュバック時には左前頭葉の一部にあるブローカ中枢(運動性言語中枢)をブロックし、同時にブロードマン19野を刺激、それにより人が言葉を奪われると同時に活発な視覚イメージを体験させるという様子を説明する(原書、P44)私たちがここで気が付くのは、このフラッシュバックで生じている脳の興奮パターンは、最初のトラウマの時とそっくり同じだということである。トラウマとはこのようにその時の身体的な反応をまさに生き写しにした形で、生体に再現するのであり、その意味での身体への刻印が生じているということなのだ。