解離と自傷行為
1 「先生、私の左足を切断してください!」
「身体完全同一性障害(BIID: Body Integrity Identity
Disorder」という病気があるのをご存知でしょうか?この病気は、自らの体の一部に幼少期から違和感を抱き、その部分を切断したいという願望に強迫的に支配される病気です。外から見るとなんの問題もない身体に対し、彼らは、“あるべきではない部位が備わっている”という違和感を長年に渡り抱き続けています。しかし、「先生、私の左足を切断してください!」と医療機関で訴えたとしても、健康な足を切断しようとする医師はいません。そのため、自分で足をドライアイスに長時間浸し、壊死を引き起こして切断するという危険な行為におよぶことになります。身体完全同一性障害の多くは四肢の切断願望を持つとされますが、中には、視力を失うことを幼い頃から希求し、排水管クリーナーを自らの目に流し込むことによってその願望を達成する人もいます1)。この病気の原因は、右頭頂葉の機能不全による神経疾患として説明する研究もあれば2)、より心理学的な面に原因を置く研究もあり3)、今でもはっきりとわかってはいません。他人の手症候群(alien-hand syndrome)などと同様、実際の身体部位と脳内の身体地図(ボディ・マップ)との齟齬、ボディ・マップ内の接続欠陥などに起因するという考えもあります。
身体完全同一性障害の報告はそれほど多いものではなく、また、この病気に伴う症状は狭義には自傷行為と言えません。しかし、人は痛みや不快を回避するものと一般に考えられる中、自ら身体を傷つけたいと願い、実際に傷つける人々が存在するという点、周囲を混乱させ、本人でさえも、その行動の意味を明確に説明できない点などは自傷とも共通します。自らの体を傷つけるという行為は、現在の精神医学にとって、いまだ多くの謎であると言えるでしょう。
解離性障害においても自傷行為は頻繁に認められます。そこで本章では、まず、自傷行為に関する理解を深め、解離に特徴的な自傷行為について考察していきたいと思います。