2018年6月26日火曜日

解離の本 30


2-3.中期~後期の課題
次に中期から後期の治療における課題について述べましょう。
 人格の交代が目まぐるしく起きなくなると、患者さんの日常生活は、一見穏やかになります。治療が進んだ際の特徴の一つは、主たる人格が様々な感情を徐々に体験し、ないし表現できるようになることです。それまでは怒りや恐怖、憎しみや嫌悪といったネガティブな感情を持てないでいた主人格が、徐々にそれらの感情を持てるようになります。ただしもちろんそこには個人差が生じ、主人格はあい変わらずそれらの感情を別人格に託すことも少なくありません。ですからその意味ではこの中期-後期の治療過程に進む患者さんのスピードにはかなり個人差があると言えます。
 さてこれまで別人格が引き受けていた不安や葛藤を主人格が直接体験することになると、それまでとは質の異なる抑うつ感や無力感に襲われるようになります。トラウマそのものがもたらす苦しみから解放された分、自分という存在を連続して体感することに違和感や疲れを覚えるようにもなります。この時期にも何かのきっかけで交代人格が現れることはあり、自分が何者であるのかという患者の問いは続きます。それらの違和感に患者さんが慣れてきた頃には、治療は個人の心理療法の様相を帯びるようになり、治療者も一人の人物と継続して関わっていると感じるようになります。
 患者さんは次第に現実を客観的に把握できるようになり、それゆえの悩みも増えていきます。結果として、就職、結婚、子育てなどライフスタイルの新しい局面を迎えることもあります。それらの経験が患者の心のまとまりを促し、全人格的な成長を遂げることも少なくありません。さらに患者さんの変化を受けて家族や周囲との関わりも変化します。悩みの内容も普通の人と同じような日常的な困りごとへと移り進み、健康な人の日常生活に近づいていくのです。個人としての生活が整い、社会的に認められることで、最後まで残っていた交代人格が満足を得て消えていくこともあります。