2-2.トラウマに向かい合う
過去にトラウマを体験している患者との治療は、時には困難を有します。性被害にあった女性患者に男性恐怖の症状が現れ、暴力を受けた患者が体の痛みを覚えるなど、当時の体験に直接関連する症状の訴えは少なくありません。治療中のセッションでフラッシュバックが起こり、パニックに陥ることもあります。その多くは恐怖感を伴う体験であり、怒り・悲しみ・嫌悪など多様な負の感情が賦活されるのです。加害者が親兄弟や恋人など親密な対象であれば、その傷つき体験は一層複雑なものとなります。相手に対する愛着や思慕の感覚と相反する恐怖や怒りの感情は両価的であり、ひとつの心に収まりきらず、重篤な解離の結果として心理的な解体や断片化が生じます。フェレンツィは近親姦の事例において、出来事の後の加害者の矛盾した振る舞いが患者を一層混乱させ、加害者の罪悪感の取り入れが起きると解説しています。加害者側の強い否認により、出来事の責任が自分自身にあるように患者さんは錯覚しやすくなります。深刻な被害の体験は、こうして他者および自分自身に対する基本的な信頼感を破壊します。
DIDの症状に向き合い、様々な人格との接触を試みることは、事実上その患者さんの持つ過去のトラウマの記憶を扱うことになります。なぜならそれぞれの人格は、独自の過去を背負っていて、あるいは体で表しているからです。遊びを求めて出てくる子供の人格も、甘えたい、遊びたい、でもそれが表現できないという幼少時の体験を担っているといえます。また泣き叫び、恐怖におびえる子供の人格は、まさに幼少時の何らかのトラウマをプレイバックし続けているかのようです。