第10章 解離の分析的治療 (1)
解離治療における心理教育
(前田正治、金吉晴偏:PTSDの伝え方―トラウマ臨床と心理教育 誠信書房、2012年 所収)
解離性障害が含む臨床症状の幅は非常に広い。ICD-10 (WHO,
1992) の分類のように、そこに転換症状も含めた場合は、その数や種類は膨大なものとなる。具体的な症状としては、一過性の健忘に始まり、種々の身体症状、離人症状などを含み、複数の人格の極めて重層的な共存状態まで至り、それぞれに異なる診断名が与えられる。表1 にその一部を示したが、このうち「F44.8 他の解離性(転換性)障害」の下にさらに、8つの障害が収められている。
解離は私たちがこれまで考えていたよりも遥かに広くかつ微妙な形で生じ、なおかつ精神科疾患を修飾している可能性がある。そのために患者自身のみならず、患者の家族、ないしは治療者にとっても症状の全貌を捉えにくく、極めて混乱を招きやすい。それだけに心理教育は解離症状に悩むすべての人々にとって非常に大きな意味を持つのである。そしてそれは分析的な治療指針と決して矛盾はしないのである。
表1 ICD-10における解離性障害
F44 解離性[転換性]障害
F44.0 解離性健忘
F44.1 解離性遁走<フーグ>
F44.2 解離性昏迷
F44.3 トランスおよび憑依障害
F44.4 解離性運動障害
F44.5 解離性けいれん<痙攣>
F44.6 解離性無感覚および感覚脱失
F44.7 混合性解離性(転換性)障害
F44.8 他の解離性(転換性)障害
( ガンサー症候群、亜急性錯乱状態、急性精神錯乱、
心因性もうろう状態、心因性錯乱、多重パーソナリティ障害、
反応性錯乱、非アルコール性亜急性錯乱状態).
F44.9 解離性(転換性)障害,特定不能のもの
解離性障害の心理教育を進める上で問題となる点について、最初にまとめておきたい。また本章で扱う心理教育の対象としては、患者やその家族のみならず、それを扱う治療者側も想定していることもここに言及しておく。
1. なぜ心理教育が重要なのか ― 診断および治療方針を惑わす要素
解離性障害が含みうる症状が幅広いために、精神科医や心理療法家にとって、それを全体として把握することはかなり難しい。このことは解離性障害がしばしば精神医学的な問題として把握されないことが多い一因となる。実際に神経内科や一般内科において明確な診断に至らないことがきっかけとなり、最終的に解離性の病理が同定されるケースも多い。現在私たちが解離性障害として理解している病態が古くから存在していたことは疑いない。しかしそれらがヒステリーの名と共に認知されていた時代は著しい偏見や誤解の対象とされてきた。このことは解離性障害の一つの大きな特徴であろう。
20世紀になり、統合失調症が大きく脚光を浴びるようになると、解離性障害はその存在自体が過小評価されたり、精神病の一種と混同されたりするようになった。昨今は「解離ブーム」だとの声も聞こえ、一般の人々の間でも、専門家の間でも、解離性障害に新たに光が当てられ始めているが、その診断はしばしば不正確に下され、統合失調症などの精神病と誤診されることも少なくない。
なお我が国は国際トラウマ解離学会の日本支部が機能し始めたが、その啓蒙、教育活動の範囲はまだ限られている(http://www.isst-d.jp/)。
以下にいくつかの項目を挙げ、解離性障害の診断の難しさの理由について述べてみたい。
神経学的な疾患を示唆する身体症状をともなうこと
解離性の症状の中でも転換症状は、しばしば精神科医と神経内科医の両方にとって混乱のもととなっている。その一つの典型例は癲癇である。脳波検査で異常波を示す患者も転換症状としての発作、すなわち偽性癲癇を来たすこともまれではない。また偽性癲癇の患者の50%は真正の癲癇を伴うという報告もある(Mohmad, et al. 2010)。
(スゴーク長くなりそうなので、以下省略)