2018年6月9日土曜日

精神分析新時代 推敲の推敲 18


11章    トラウマと精神分析(2) 

初出:こころの科学 特集「トラウマ」、20129月号
はじめに
本章では精神分析におけるトラウマについて、解離との関連も含めてさらに論じる。特に最近の新しい動向、すなわち母子間の愛着の問題やストレスもまたトラウマや解離の原因として注目されるようになっているという事情について述べたい。
 心の傷としてのトラウマの概念への関心は、わが国でもここ20~30年の間に急速に高まってきた。そこにはアメリカの精神医学の診断基準であるDSM1980年度版(American Psychiatric Association, 1980)であるDSM-に登場した心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder, 以下PTSDと表記する)の概念が大きく影響しているであろう。さらには1995年に私たちを襲った阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件、そして2011年の東日本大震災も、私たちに心の傷の意味を考えさせる機会を与えたのである。
 解離性障害とトラウマについては、両者の深い関連性は精神医学的にはひとつの「常識」となっている。心に衝撃を受けた際の一過性の深刻な解離症状は、DSM-より急性ストレス障害Acute stress disorder (American Psychiatric Association, 1994)と呼ばれ、さまざまな臨床研究がなされている。ショックを受けて一時的にボーッとなったり、今自分がどこにいるのか分からなかったり、まるで映画のワンシーンを見ている様な気がしたり、あるいはこれまでの人生で起きたことがパノラマのように目の前に現れたり、ということはみな解離の一種と考えられるわけだ。しかし繰り返される深刻な解離症状については、その原因ははるか昔の、幼少時にさかのぼることが多い。ここで深刻な解離症状とは、人格交代現象などを伴う、いわゆる多重人格、ないし最近では解離性同一性障害(dissociative identity disorder, 以下DID)と呼ばれる状態である。   
 このような事情から解離性障害はPTSDとともに、トラウマ関連障害の代表的なものであると理解されている。しかしトラウマと解離性障害の発症との因果関係を示すことは、実は決して容易ではないという事情がある。PTSDの場合はトラウマの多くは成人期のある限定された機会に生じたもの、あるいは一回限りのもので、そのトラウマはPTSDの発症に先立つ3ヶ月以内に見られることが多い。またそのトラウマはそれを引き起こした出来事が実際に報告されていることも少なくない。たとえば19951月の阪神淡路大震災の後に多くの被害者がPTSDを発症したという事実が知られるが、その大震災そのものは世間では誰もが共有している客観的な事実である。ところがDIDの場合は、既に述べたようにその原因となるトラウマの多くは、幼少時にさかのぼることが多く、また閉鎖された空間で生じた可能性が高いため、その事実関係や背景となる事情に客観的な裏付けを与えることはそれだけ困難となるのである。
(これもかなり長い章だから、以下省略)