2018年5月15日火曜日

精神分析新時代 推敲 78


ここでディープラーニングという言葉を出すのは、最近それが示す極めて優れた能力について一般の人々が知る機会があったからである。その一つが例の「アルファー碁」が囲碁の世界チャンピオンを打ち負かすという快挙である。最近AI(人工知能)の性能が格段に上がり、これまで人間しかできていなかったことを次々とこなすようになってきている。その学習のスピードは凄まじく、囲碁などではおそらくコンピューターが人間に対等に渡り合えるようになるのははるかに先だと思われていたが、もうすでに遠くに抜き去ってしまっているのだ。最近は画像診断なのでも、たとえばマンモグラフィーや、X線画像や、病理組織検査なので悪性の所見を人よりはるかに効率よく、またより正確に見出せるようになっているのだ。そしてその基礎にあるのが、膨大なニューラルネットワークに天文学的な数のデータを読ませて学習をさせるということを繰り返すという試みであり、そのデータの処理能力が高まれば高まるほど、その技術は向上していくという仕組みになっている。
私はコンピューターの専門家ではないが、このディープラーニングの仕組みが非常に興味深いのは、ある意味では人間の脳がまさにこれに近いことを行っていると考えられるからである。逆に言えば、AIの学習プロセスを知ることは、人間の学習プロセスを類推することにかなり貢献するのである。
ディープラーニングの仕組みを知る上で、いわゆる「ニューラルネットワーク理論」について簡単に言及したい。全盛期、つまり1900年代の半ばから、脳の仕組みをコンピューターモデルを用いて解明しようという動きがあり、一昔前にいろいろなモデルが提出された。その中で1957年にローゼンブラットという人が提唱したパーセプトロンの概念があった。その当時からコンピュータは単純な処理を高速で行い、その能力は人間のそれを遥かにしのくことはよく知られていた。しかし一方で文字入力を認識したり、物体を認識したりという仕事はコンピュータにとって非常に苦手であり、それが人間の能力との決定的な違いだったのである。そのためにローゼンブラットはパーセプトロンという概念を作り上げた。 
 ここに絵を描いてみた。まず入力層があって、出力層があって、hidden layer, つまり隠れ層がある。そうするとある信号は例えば図に示した緑色のアイコンを見た時に、最終的にこれは優先席だとわかるためにそこに至る経路に重みづけをしていく。つまりそれを太く、強化することになる。同じような事を様々な刺激に対して学習していく。またたとえば耳がちょっと大きくて、目が二つあって、ひげが生えていたら猫だというふうにパターン認識ができるようになる。パーセプトロンの議論が1950年代にローゼンブラットにより提唱されて、一時はかなり流行したが、その後一時勢いがなくなったそうだ。しかしこの間のアルファー碁やディープラーニングの活躍でまた脚光を浴びるようになったというわけである。
 このパーセプトロンにちょうど対応するのが大脳皮質である。ただし大脳皮質の場合、6つの層があり、それぞれが膨大な数の神経細胞により構成しているため、この隠れ層とは途方もなく分厚い層ということになる。そして脳の場合は下から情報が流れてきて、中間層である隠れ層でさまざまな情報処理が行われ、その一部が上部の出力層へと移る時点で上述の重み付けを行う。ただし脳の場合、大部分の情報は上まで登らずに降りてきてしまうという。つまり私たちの感覚器を伝わって入ってくる知覚入力、感覚入力は大脳皮質に入ってもたいがいは意識に上らずに棄却されてしまうが、それは私たちの通常の体験においてはたいていのものが新しい情報ではなく、そのためにスルーされてしまう。つまりいつも通りの出来事に関する記憶は、どんどん無意識的に処理されていくわけであるが、これはフロイト的な無意識に関する理解とは異なる新しい考え方と言っていいだろう。
 さて情報処理に係る部位としては、小脳皮質もある。こちらの場合には3層からなり、その構造はおおむね画一的で、実はコンピュータにそっくりだと言われている。我々の脳の中で一番計算をしてもらっているのが小脳であって、そこでは運動の熟達みたいなことに関係していると言われていたが、実はそれ以外のことに関しても、精神的、認知的な事柄についても熟達して慣れて自動化していくというプロセスの中でも非常に大きな意味をもっているということで最近注目されている。