2018年5月8日火曜日

精神分析新時代 推敲 73


 トノーニは数年前に京大にも招かれて講演を行ったそうだが、彼の唱える説というのは非常に興味深い。彼は心は巨大なネットワークの産物だと考え、それを Φ(ファイ)と呼んでいる。そしてそこに貯めることの出来る情報の多さが、意識のレベルを決めると考える。その単位もまた Φ なのだ。すなわちあるネットワークがあった時にそこにどれほど情報を貯めることができるかということが、意識がどの程度複雑で込み入った内容になるか、ということだ。情報が貯められて、それを伝達することができるようなシステムがあったら、それは意識を成立させるのだというわけである。そして勿論、これは人間の脳でもAIでも同じだと考えられる。
 彼の著書の中の図を紹介しよう (省略)。仮に8つの結び目があるとして、そこに3種類のネットワークを作る。そして一番左のネットワークのどこかに刺激を与えると、隣の結び目に伝わり、全体には伝わらず、そこで終わってしまう。これは私が追加する説明だが、そこでおきたことを音にすると「カン」という感じで一瞬で終わってしまうわけだ。また右端の、一見複雑そうな情報網も1個を刺激するといきなり全体に情報が行き渡ってしまって、情報量としてはあまりないということで、やはり「カン」である。これは同じ Φ (情報量)となる。
 ところが、8つの結び目から作ったネットワークで一番情報量が多いものをコンピューターで計算して作ることが出来るという。それが真ん中に示したネットワークだ。この Φ はなんと 74 もあるという。そして一箇所を刺激すると情報があちこちをめぐり、しばらく鳴り続ける。「タラララーン♪」とかいうメロディーが聞こえてきそうだ。するとこの Φ が大きいネットワークの方が、それだけ複雑な意識をためることが出来るネットワークということになる。
 この理論はこれだけでも見事なものだと私は思うのだが、彼はこんな実験もしている。ある植物状態になっている人の脳の一部に電気刺激を与え、脳の他の部分にそれがどのように伝わったかを調べることが出来るという。おそらく脳波計とコンピューターをつないで得られるのであろう。すると昏睡状態から脱出し始めた最初の日(一番左の図,省略)は、1箇所を刺激すると、脳の中央付近の一部が興奮してすぐ止んでしまう。先ほどの音に例えるならば、「ピン」とか「ポン」という感じだ。ところが昏睡状態から回復し初めて11日後に刺激を与えると、割と広範囲に、短時間だが電気刺激が到達したということである。それが真ん中の図である。これは「ポン」とか「ピン」とかではなく、「ジャラーン」とか、「パンパカパーン」という感じだ。そしてそれから日が経ち意識がいよいよクリアーになってくると、一番左の図のように、刺激が脳のかなり広範囲にわたって行きわたる。脳の全体が「鳴っている」状態で、電気刺激により長時間のメロディーとか、交響曲という感じにもなるだろう。
 この研究の画期的なところは、例えばロックト・イン・シンドローム(閉じ込め症候群)にある状態の人への理解が深まったことである。この症状群では脳幹の一部が損傷して、それこそ動かせるのは目だけという状態で、「この人は意識がないのではないか?」と思われる場合にも、実際には意識がはっきりしていて周囲の声は全部聞こえて理解されているということがあるという。しかしこれまではそれをなかなか証明できなかった。ところがこのような状態の人の脳に電気刺激をして画像上どの程度脳が「鳴る」かを見ることで、すなわちトノー二の概念ではどれほど大きな Φ がその脳に存在するかを機器を使って知ることで、実際にはその人が一見昏睡状態で全く反応が見られなくても、意識の存在を知ることが出来るという。これはすごく興味深い話だと思う。