少しフロイトに戻る
脳科学的な心の在り方を説明するうえで、ここで再び先ほど触れたフロイトである。彼は中枢神経の単位としての神経細胞を発見したと言ったが、その意味ではフロイトは脳科学者であった。脳科学者としてのフロイト、といわれても読者の方はぴんと来ないかもしれないが、彼は純粋な理科系の研究者から出発していたのだ。ニューロンという単位を発見した彼は、さっそく仮説を立て始めた。そして
φ と ψ という2種類の神経細胞があって、φ の場合にはそこで信号の流れがせき止められ、ψ の場合にはここを通過するという理論を立てた。この2種類の神経細胞があるという仮定をもとに、そこから心の在り方を一生懸命組み立てようとしたのだが、さすがにこれだけでは全然無理だった。このころウィーンを中心に発展していたのは、いわゆるヘルムホルツ学派の考えである。その信奉者であったフロイトが依拠していたのはいわゆる水力モデル
hydraulic
model であり、そこでこの「流れる」「せき止める」という概念が出てくる。つまり抑圧、あるいは抑制によってリビドーという一種の流体の圧力が鬱積すると不快になり、それが解放されると快につながるという非常にシンプルな理解の仕方をしている。フロイトの脳の在り方を絵にするとこんなふうになると思う。パイプがこのように並んでいる。この絵はルイス・タルディという人の作品だが、おそらくフロイトの打ち立てた心の理論はどちらかというとこれに近かったのではないかと思うが、こんなことを言ったらフロイトは怒るかもしれない。
さて脳のどこの部位とどこの部位が実際に結びついているのか、ということについては、まさに研究が始まったところという印象を持つが、最近ではその問題を扱う connectivity (脳内結合関係)という学問分野が成立し、学会も存在する。その研究成果の画像を紹介しよう。これは脳を2000ぐらいの部位に分けて、どの部位とどの部位がつながっているのかということをコンピュータで図示したものである。他の部位とつながっている数が多い部位は、より大きなドットが描かれている。これを見る限りは後頭葉や角回あたりに大きなドットが集中していることがわかる。また拡散強調画像というものがあって、水分子の流れを追いかけていくと、神経線維の流れが撮れるという(図20-2、省略)。
私がここで主張したいのは、脳というのは巨大な編み目構造、ネットワークからなる情報処理装置であるということだ。とんでもない膨大なネットワークから成立する脳。そこから心はどういうふうに生まれてくるのか、皆さん不思議に思わないだろうか。私にとってはこの問題について、何人か導き手になる注目すべき先達がいて、その一人がジュリオ・トノーニというイタリア出身の方である。以下に彼の理論を少し紹介しよう。