バラさん(20代女性、学生)とミツグさん(30代男性、自営業)
ノバラさんは大学3年になるまで異性との付き合いがありませんでしたが、ネットでの交流をきっかけにして独身で社会人のミツグさんとの交際を始めました。最初は一緒に時間を過ごしていても問題がなかったのですが、そのうちノバラさんは彼と過ごす時に限って頻繁に記憶を失うようになりました。時々朝目がさめるとミツグさんが不思議そうな目でノバラさんを見つめているということが起きるようになったのです。そしてミツグさんに事情を聞くことで、彼女がときどき小さい子どものように泣いたり笑ったりしたかと思うと、人が変わったような冷静さで厳しい意見を言うなど、まるで別人になったかのような態度をとることが分かりました。その傾向が徐々に深刻になり、ミツグさんは結婚という形をとることでノバラさんが落ち着くのではないかとも考え、彼女の卒業と同時に二人は結婚しました。しかしノバラさんの状態はさらに顕著となり、夫からひと時も離れることができない状態となりました。特に朝ミツグさんが出勤のために家を出るときに決まってノバラさんは小さい子供の状態になり、夫に取りすがるようになりました。ミツグさんはいろいろ調べた結果、解離性障害が当てはまるのではないかと思い、妻を説得し治療に連れていきました。治療開始当初は夫婦同席で面接を行い、治療者はノバラさんの心理状態についてミツグさんに説明し、その接し方について助言しました。夫であるミツグさんとの関係が安定してくると、ノバラさんはようやく自身のトラウマについて話せるようになりました。夫婦は治療者と話し合い、少なくとも夫が仕事に行くときにはまだのバラさんが寝ているように眠剤を調整することで、
3. トラウマ的環境に身を置かざるをえない事態では
一般的に生育環境においては、親の側が虐待をしているという認識がなくても、子供にとってはトラウマ的といえる環境が存在します。子供の側でもトラウマを受けていると感じる部分が解離されているために、その認識がかけている場合もあります。
たとえば家族が日常的に患者さんを否定し価値下げする状況にあったとします。患者さんはそれに合わせた自己認識たとえば「自分はダメな人間だ」を持ち、そのことを疑問に思わないとします。すると治療者がその患者さんの長所を指摘し、自己価値観を高めるようなかかわりをすることで、患者さんはかえって混乱に陥ってしまいかねません。患者さんの多くは目の前の親の思い描く自分に同一化しようとする特性をもつために、自分を「ダメな人間」と規定してきたわけですから、かえって自己イメージの混乱が起きかねないのです。時にはそれが症状の悪化につながることもあります。患者さんへの励ましや叱咤激励など、治療者や周囲がよかれと思い行うかかわりが、患者さんの不安を高め、罪悪感を深める可能性も出てくるのです。
治療においては原家族でおきていた可能性のあることについて、患者さんと話し合うことも大切です。また患者さんのそのような混乱を防ぐためにも、治療者は患者の置かれた状況を見立て、患者さんの家族や知人と情報を共有し、必要に応じてアドバイスを与える機会をもつようにします。場合によっては患者さんと家族に対して別担当者による並行治療を準備できればなお望ましいでしょう。可能であれば、患者さんの負担に関与している家族と本人の同席面接を設定し、家族療法的な介入や対応を検討することも有効です。ただしあらゆる方法を駆使しても現状が改善せず、家族といることが治療的に不適切と思われる場合には、家族から離れて安全な環境に身をおくことも検討すべきでしょう。すなわち現在の家族と物理的に距離を取ることを考える必要があります。
家族と対立するリョウスケさん(40代男性、会社経営)
解離症状を主訴に治療を受けているリョウスケさんは、「悩みを人に話すのは心の弱い人間のすることだ」と家族から言われてきました。そのため辛いことがあっても誰かに打ち明けたことはなく、面接で治療者に話をするだけで、混乱と罪悪感から苦しさが募り、その場で何度も解離を起こしていました。このことに気づいた治療者は、リョウスケさんが現在の辛い気持ちを第三者に話せるようになることの必要性を、時間をかけて家族に説明しました。リョウスケさん本人にも同様の理解を伝え、これまでの家族の在り方について、一緒に振り返りました。
家族は治療者の意見になかなか耳を傾けようとはしませんでしたが、リョウスケさんは自分だけでなく、家族もまた苦しい生き方を選んできたと思い当たるようになりました。彼らもまた低い自己価値観を持ち、それを紛らわすためにリョウスケさんをことさら価値瀬下していたのです。リョウスケさんはやがて自分自身を変えたいと願うようになり、家族に対する批判的な言動が増えていきました。家族はそれに憤り、特にリョウスケさんとご両親との間に対立が起きるようになりました。
治療者はご両親の希望を受け、家族面接を行うようになりました。リョウスケさんとご両親は、その面接の場でこれまで口にしたことのなかった本音をぶつけ合うことになりました。何回かのセッションの後、ご両親はこれまでの自分たちの考えが偏っていたことに少しずつ気づくようになりました。
リョウスケさんの治療は家族面接と並行する形で続けられ、両親に怒りや不満を吐き出すようになったことにより、解離症状は落ち着いていきました。