2018年4月7日土曜日

精神分析新時代 推敲 50

突然コントロールが効かなくなる藤浪投手の投球。でもイップスという説もあるらしい。熟達すればするほど生じやすいこの病気。恐ろしい。


第10章 トラウマと精神分析 (1)
             
はじめに

精神分析はかつては米国を中心にその効果を期待され、広く臨床現場に応用されていたが、現在は全世界的に退潮傾向にあるといわれる。自らの心の無意識部分を探究するために、週に頻回の、それも何年にもわたる精神分析プロセスを経ることを、最近では敬遠する人が多い。しかしわが国においては、精神分析における治療理念はいまだに期待を寄せられ、また理想化の対象になる場合もある。筆者は精神分析学会とともに日本トラウマティック・ストレス学会にも属しているが、トラウマを治療する人々からも精神分析に対する「期待」が寄せられるのを感じている。それは以下のように言い表すことが出来るだろう(岡野、2016)
○ 精神分析はその他の心理療法に比べてもより深層にアプローチし、洞察を促すものである。
  トラウマに関連した症状が扱われた後に本格的に必要となるプロセスである。
  精神分析のトレーニングを経た治療者が、分析的な治療を行う事が出来る。
しかしこれらの期待は現在の精神分析に耐えうるものなのだろうか? それを本章では考察したい。
岡野憲一郎 (2016) シンポジウム トラウマティック・ストレス学会 東京.

伝統的な精神分析とトラウマ理論

ここで精神分析家としての筆者は、多少なりとも自戒の気持ちを持って次の点を明らかにしなくてはならない。それはフロイトが創始した伝統的な精神分析は。残念ながら「トラウマ仕様」ではなかった、ということである。すなわちトラウマを経験した患者に対して治療を行う論理的な素地を十分に有していてなかったということだ。それを説明するうえで、精神分析の歴史を簡単に振り返る必要がある。
フロイトは1897年に「誘惑仮説」を撤回したことから精神分析が成立したという経緯がある。その年の9月に Wilhelm Fliess に向けて送った書簡(マッソン編、2001年)に表された彼の心がわりは、精神分析の成立に大きく寄与していたと言われている。単純なトラウマ理論ではなく、人間のファンタジーや欲動といった精神内界に分け入ることに意義を見出したことが、フロイトの偉大なところで、それによって事実上精神分析の理論が成立した、ということである。この経緯もあり、伝統的な精神分析理論においては、トラウマという言葉や概念は、ある種の禁句的なニュワンスを伴わざるを得なくなった。
その後のフロイトは、1932年の S.Ferenczi による性的外傷を重視する論文に対しては極めて冷淡であった。Ferencziの論文の内容はフロイトが1897年以前に行っていた主張を繰り返した形だけであるにもかかわらず、フロイトが彼の論文を黙殺したことは驚くべきことである。彼はまた同様に同時代人の Pierre Janet のトラウマ理論や解離の概念を軽視した。このようにして精神分析理論トラウマには、フロイトの時代に一定の溝が作られてしまったのである。

J.M.マッソン 編 河田 晃 訳 フロイト フリースへの手紙 1887-1904 誠信書房2001
Masson, JM The Assault on Truth: Freud's Suppression of the Seduction Theory (Farrar, Straus and Giroux1984

精神分析の立場からトラウマ理論に対して一種の失望の気持ちを持っていることはこの様な経緯を考えればある程度仕方のないことなのかもしれない。たとえば精神分析家の藤山氏は、以下のように書く。
「・・・プレ・サイコアナリシスというか精神分析以前、「ヒステリー研究」の頃のフロイトの考えでは、患者はどちらかというと環境の犠牲者なんです。これは例えば最近のハーマンなどの外傷をやっている人たちの理論と非常に近いんですね。つまり人間の心の病気というのは、心的外傷に基づいているものだという、そういうことになってしまいます。・・・」
藤山直樹 集中講義・精神分析(上)  岩崎学術出版社 2008


精神分析の立場にもある筆者にはこの藤山の記述もよく分かる気がする。確かにトラウマを強調することは、ある種の単純化や還元主義に向かう傾向は確かにあるであろう。ただし時代の趨勢としてはトラウマの役割を無視できないということは以下の Kernberg の記述にもうかがえるであろう。

「…私は生まれつきの攻撃性について語る上での曖昧さはなくなってきている。問題は強烈な攻撃的な情動状態への、生来のなり易さであり、それを複雑にしているのが、攻撃的で嫌悪すべき情動や組織化された攻撃性を引き起こすような、トラウマ的な体験なのだ。私はよりトラウマに注意を向けるようになったが、それは身体的虐待や性的虐待や、身体的虐待を目撃することが重症のパーソナリティ障害、特にボーダーラインや反社会性パーソナリティ障害の発達に重要な影響を与えるという最近の発見の影響を受けているからだ。つまり私の中では考え方のシフトが起きたのであり、遺伝的な傾向とトラウマを融合するような共通経路が意味するのは、情動の活性化が神経内分秘的なコントロールを受ける上で、遺伝的な傾向が表現されるということだ。」。(Kernberg,O.,1995P326
Kernberg, O (1995) An Interview with Otto Kernberg. Psychoanalytic Dialogues, 5:325-363 
Kernbergと言えば、1970年代から80年代にかけて境界パーソナリティ障害についての理論を打ち立て、精神医学界にも大きな影響を与えた人物のひとりであるが、その病因としてはクライン派の理論に基づいた患者の持つ羨望や攻撃性が強調された。その Kernberg の立場のトラウマ重視の立場への移行はおそらく、精神分析の世界におけるトラウマの意義の再認識が起きていることを象徴しているように思える。

関係精神分析の発展とトラウマの重視

伝統的な精神分析理論は、トラウマ理論やトラウマ関連障害の出現により逆風にさらされることとなった。精神医学や心理学の世界で近年のもっとも大きな事件がトラウマ理論の出現であったといえよう。1980年の DSM-III で PTSD が改めて登場し、社会はそれから20年足らずのうちにトラウマに起因する様々な病理が扱われるようになった。国際トラウマティック・ストレス学会や国際トラウマ解離学会が創設された。現代的な精神分析(関係精神分析)は「関係論的旋回」を遂げたが、その本質は、トラウマ重視の視点であったといえる(岡野)。
現代的な精神分析における一つの発展形態として、愛着理論を取り上げよう。愛着理論は全世紀半ばの Jon Bowlbyや René Spitz にさかのぼるが、トラウマ理論と類似の性質を持っていた。それは精神内界よりは子供の置かれた現実的な環境やそこでの養育者とのかかわりを重視し、かつ精神分析の本流からは疎外される傾向にあったことである。乳幼児研究はまた精神分析の分野では珍しく、科学的な実験が行われる分野であり、その結果として Mary Ainthworth の愛着パターンの理論、そして Mary Main の成人愛着理論の研究へと進んだ。そこで提唱されたD型の愛着パターンは、混乱型とも呼ばれ、その背景に虐待を受けている子や精神状態がひどく不安定な親の子どもにみられやすい。(ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳 (2016) 身体はトラウマを記録する―脳・心・体のつながりと回復のための手法 紀伊国屋書店)
 最近精力的な著作を行う Alan Schore の「愛着トラウマ」(Schore, 2009) の概念はその研究の代表と言える。Schore は愛着の形成が、きわめて脳科学的な実証性を備えたプロセスであるという点を強調した。ショアの業績により、それまで脳科学に関心を寄せなかった分析家達がいやおうなしに大脳生理学との関連性を知ることを余儀なくされた。しかしそれは実はフロイト自身が目指したことでもあった。
Schore, A. (2009) Attachment trauma and the developing right brain: origins of pathological dissociation In Dell, Paul F. (Ed); O'Neil, John A. (Ed), (2009). Dissociation and the dissociative disorders: DSM-V and beyond., Routledge/Taylor & Francis Group, pp.107~140.