2018年3月14日水曜日

解離の本 その7

「はじめに」の続きをちょっと書いてみた

 以下の本文では、解離性同一性障害のことをDIDと表記することにします。解離性同一性障害という名前以前には、「多重人格」という呼び方が長年なされてきましたが、それでは誤解されることが多いということで、アメリカの診断基準であるDSM-IV (1994) でこの新たな呼び方(解離性同一性障害 dissociative identity disorder)が提案されたという歴史があります。ただこの解離性同一性障害という呼び名が少し長すぎるということで、英語名のイニシャルを取ってDIDと呼ばれることが多いのです。
  他の用語としては、本書では主人格交代人格スイッチングという言葉を用います。主人格とは便宜的な言い方で、現在一番出ている人格、という意味です。その意味では主人格がだれかはその時々で違うということが出来るでしょう。ある時期はAさん、また別の時期はBさん、ということもありうるわけです。
 また交代人格とは、いくつかの人格状態の呼び方ですが、他に適切な呼び方もあるかもしれません。欧米では「交代人格 alter」、「人格部分 a part of the personality」、「アイデンティティ identity」 などの言い方がなされています。どれにも一長一短があるよび方ですが、本書では交代人格、という呼び方で統一しておきます。ただし交代人格というと、主人格が困った時のピンチヒッター、交代用員というニュアンスがあり、主人格との差別化が感じられます。しかしここではすべての人格がそれぞれ交代する可能性があるという意味で用いています。ですから主人格もまた交代人格の一人、と言えるでしょう。
  スイッチングについては、一人の人格からもう一人の人格に、言わば「主人公」が交代する現象を指します。ここで主人公、などという曖昧な言葉を使いましたが、これはあくまでも外側にいる人から、誰が今現在話し手となっているか、という意味です。私たちがDIDを持つ患者さんと話をしている時、その人は一定の口調、表情、しぐさを持った、一人の人間という印象を受けます。もしその交代人格が「Aさん」という自覚を持っているとしたら、それがその時の「主人公」というわけです。するとしばらくたって主人公として「Bさん」が登場したなら、私たちはAさんと異なる口調や表情や仕草を体験するでしょう。この時に人格のスイッチングが起きた、と表現します。
 このスイッチングという表現には、ある種の急な切り替え、というニュアンスが伴うでしょう。そして確かに人格Aから人格Bへの交代はしばしば急で、時には一瞬で起きることが知られています。そしてこれは解離現象の一つの特徴ともいえます。通常の精神医学の現象で、ある心の状態から別の状態に一瞬で変わる、ということはあまり起きません。よく知られている現象では、たとえば覚醒レベルが急に上がる、あるいは急にパニックやフラッシュバックなどの形での不安が生じる、という現象が比較的急に起きます。あるいは一瞬でアイデアがひらめいた、という時もそうかもしれません。皆さんも授業中に眠気をも要している時に急に先生に差され、一瞬で目が覚める、という体験をお持ちでしょう。またパニック発作などでは、ある状況で、あるきっかけで急に不安がやってくるということもあります。しかし憂鬱な気分や被害妄想など、あるいは躁的な気分などは通常なだらかに、徐々に起きてくるものです。ところが解離現象は、あたかも脳で何かのスイッチが切り替わったような生じ方をし、それに自分自身も周囲も驚くということがあるのです。