2018年3月26日月曜日

解離の本 13


「泣き虫」だったフミカさん(30代女性、無職)

(省略)
 
このフミカさんの例から分かることは、子供の自我境界の脆弱さは、ある程度は本人が持って生まれた自我の弱さが関係しているものの、それを支える生育環境も非常に大きな位置を占めているということです。英国の分析家ウィニコットも述べたとおり、乳児は自分の感情や考えを母親とのやり取りを通して獲得していきます。そしてその際は子供が最初に感じ取り、思い、自由に母親に表現された際に、母親バージョンの感情や思考を押し付けられる(「侵害を受ける」)ことなく共有されることで、いわば乳児が自分を母親の中に見ることで成長していきます。その後に子供は母親が自分とは異なる感情や思考を持つ自分とは異なる人間であることを学び、自他を区別し、自我境界を確立していくわけですが、その前段階として重要な、自分の感情や思考を養育者に認められ、照り返してもらうプロセスが不十分であれば、この段階に進めないのです。
  
2-5.アスペルガー傾向

解離性障害を持つ人によっては、生活史を遡っても幼少時にそれらしいトラウマが見当たらない患者さんもいます。例えばアスペルガー症候群など他の障害をもつ患者さんでは、通常の対人関係で過度な傷つきを体験し、些細な出来事がトラウマを生み出すことがあります。一般の人と異なる言動がいじめの対象となり、長期に渡り集団における疎外感や孤独感を体験し続けたことが慢性的なトラウマ体験となり、空想世界に引きこもる人もいます。そこに没頭するうちにイマジナリー・コンパニオンが誕生し、次第に自らその人格になることで、解離傾向が発展していきます。このようなケースでは、周囲が患者さんの問題に気づき、適切な環境調整を行うことで症状が軽減される場合もあるようです。
アスペルガー障害の人々は、ある意味ではトラウマの連続とも言えます。彼らは人との接触の仕方に独特の特徴があり、子供たちはそれをすぐに見抜きます。その結果として普通に振舞っているつもりでいても、グループの中では傷つきの体験になってしまうことが少なくありません。そしてそこにさらに独特の世界のとらえ方が加わると、そのトラウマの度合いが増す可能性があります。アスペルガー障害を持つ人の中には、他人からの親切心や好意を敏感に感じ取れない傾向の強い人がいます。そして疑り深く、他人の意地悪な点、自己中心的な点がクローズアップされてしまうことが少なくありません。するとこの猜疑心のために、他者からの親切心が示されても、「この裏には何かがあるに違いない」という警戒心を生む結果になり、ますます良好な対人関係を結びにくくなってしまう可能性があります。
これまで示してきた解離性障害の患者さんたちの多くは、他人の気持ちを感じ取りやすく、他人に合わせる傾向がある人たちとして描かれてきました。しかしアスペルガー傾向のある人たちには、このような特徴がむしろ見られないながらも、この対人関係におけるトラウマの深刻さのために、深刻な解離の病理に至るケースも少なくありません。