2018年1月21日日曜日

愛着理論と発生論 やり直し 6

ストレンジ・シチュエーションにおいては、このタイプDの子供は非常に興味深い反応を見せることが知られている。タイプA, B, Cの場合は、子供は親にしがみついたり、怒ったりという、比較的わかりやすいパターンを示す。しかしタイプDでは子供は混乱や失検討を示す。そして Schore によれば、この反応は解離と同義であり、虐待を受けた子供の80パーセントにみられるパターンであるという。つまりこのタイプDのパターンを示す子供の親はしばしば虐待的であり、子供にとっては恐ろしい存在なため、子供は親に安心して接近することが出来ない。逆に親から後ずさりをしたり、他人からも距離を置いて壁に向かっていったり、ということが起きるのだ。
このように解離性障害を、「幼児期の(性的)トラウマ」によるものとしてのみみるのではなく、愛着の障害としてみることのメリットは大きい。そして特定の愛着パターンが解離性障害と関係するという所見は、時には理論や予想が先行しやすい解離の議論にかなり確固とした実証的な素地を与えてくれるのだ。
 このタイプ D について一言付け加えるなら、Schore はこれを示す乳幼児の行動は、活動と抑制の共存として特徴づけられるとする。つまり愛着対象であるはずの親に向かっていこうという傾向と、それを抑制するような傾向が同時に見られるのだ。ちょうど「アクセルとブレーキを両方踏んでいるような状態」と考えると分かりやすいかもしれない。そしてそれが、エネルギーの消費を伴う交感神経系と、それを節約しようとする副交感神経系の両方が同時に賦活されている状態であり、解離症状を特徴付けているという。
 このタイプDに類似の反応を示す子供については、Edward Tronick らによる、いわゆる「能面パラダイム still-face procedure」の研究がある(Hesse, E., & Main, M. 2006).)。それによれば、子供に対面する親がいきなり表情を消して能面のようになると、子供はそれに恐れをなし、急に体を支えられなくなったり、目をそらせたり、抑うつ的になったり、といった解離のような反応を起こすというのだ。
 Hesse, E., & Main, M. (2006). Frightened, threatening, and dissociative parental behavior in low-risk samples: Description, discussion, and interpretations. Development and Psychopathology, 18(2), 309–343.
このタイプ D の愛着の概念が興味深いのは、そこで問題になっている解離様の反応は、実は母親の側にもみられるという点だ。母親は時には子供の前で恐怖の表情を示し、あたかも子供を恐れ、解離してしまうような表情を見せることがあるという。そして母親に起きた解離は、子供に恐怖反応を起こさせるアラームとなるというのだ。
 このことから Schore  が提唱していることは以下の点だ。幼児は幼いころに母親を通して、その情緒反応を自分の中に取り込んでいく。それはより具体的には、母親の特に右脳の皮質辺縁系のニューロンの発火パターンが取り入れられる、ということである。ちょうど子供が母親の発する言葉やアクセントを自分の中に取り込むように、脳の発火パターンそのものをコピーする、と考えるとわかりやすいであろう。そしてこれが、ストレスへの反応が世代間伝達を受けるということなのだ。それは一種刷り込みの現象にも似て、親の右脳の皮質辺縁系の回路が子供のそれに写し込まれるようにして成立するというわけである。


愛着と右脳


愛着や解離の理論において、特に Schore が強調するのが、早期の発達過程における右脳の機能の優位性である。そもそも愛着とは、母親と子供の右脳の働きの同調により深まっていく。親は視線や声のトーン、あるいは体の接触を通して子どもと様々な情報を交換している。子供の感情や自律神経の状態は、母親の安定したそれらの状態によって調節されていくのだ。この時期は子供の中枢神経や自律神経が急速に育ち、成熟に向かい、それとともに子供は自分自身で感情や自律神経を調整するすべを学ぶ。究極的にはそれが当人の持つレジリエンスとなっていくのである。
 逆に愛着の失敗やトラウマ等で同調不全が生じた場合は、それが一種の右脳の機能不全を解して解離の病理につながっていく。Schore はこのことを、人間が生後の最初の一年でまず右脳から機能を発揮し始めるという事実と関連付ける。愛着がきちんと成立することは、右脳が正常な機能を獲得したということを意味する。子供が成長し、左右の海馬の機能などが備わり、時系列的な記憶が備わり始めるのは、4,5歳になってからだが、それ以前に生じたトラウマは、記憶としては残らないまでも、右脳の機能不全という形で刻印を残していく。上記のD型の愛着パターンは、右脳の独特の興奮のパターンに対応し、それがフラッシュバックのような過剰興奮の状態と解離のようなむしろ低下した活動状態のパターンの両方を形成する可能性があるというわけだ。
 通常はトラウマが生じた際は、体中のアラームが鳴り響き、過覚醒状態となる。そこで母親による慰撫 soothing が得られると、その過剰な興奮が徐々に和らぐ。しかしD型の愛着が形成されるような母子関係において、その慰撫が得られなかった際に生じると考えられるのがこの解離なのだ。それはいわば過覚醒が反跳する形で逆の弛緩へと向かった状態と捉えることが出来るだろう。
 そしてこのように解離は特に右脳の情緒的な情報の統合の低下を意味するため、右の前帯状回こそが解離の病理の座であるという説もあるという。
 ここでさらに Schore の説を紹介するならば、右脳は左脳にも増して、大脳辺縁系やそのほかの皮質下の「闘争逃避」反応を生むような領域との連携を持つ。これは生後まずは右脳が働き始めるという事情を考えれば妥当な理解であろう。そして右脳の皮質と皮質下は通常は縦に連携をしているが、この連携が外れてしまうのが解離なのである。ここで大脳皮質というのは知覚などの外的な情報のインプットが生じる部位だ。それに比べて皮質下の辺縁系や自律神経は、体や心の内側からのインプットが生じる場所である。そして皮質はその内側からのインプットを基本的には抑制する働きがある。そのことは、この抑制が外れるとき、例えば飲酒時の私たちの行動を考えれば理解できるだろう。