2018年1月20日土曜日

愛着理論と発生論 やり直し 5

3.Allan Schore の提唱する新しい愛着理論

精神分析における愛着理論をその高みにまで進めた人として Allan Schoreの名を挙げたい。Schore は愛着と分析理論と脳科学的な知見の融合を図る (2011)。早期の母子関係は現在は脳科学的な研究の対象ともなっているのだ。早期の母子間では極めて活発な情緒的な交流が行なわれ、両者の情動的な同調が起きる。そしてそこで体験された音や匂いや感情などの記憶が、右脳に極端に偏る形で貯蔵されているという。愛着が生じる生後の2年間は、脳の量が特に大きくなる時期であるが、右の脳の容積は左より優位に大きいという事実もその証左となっている (Matsuzawa, et al. 2001)。このように言語を獲得する以前に発達する右脳は、幼児の思考や情動の基本的なあり方を提供することになり、いわば人の心の基底をなすものという意味で、Schoreは人間の右脳が精神分析的な無意識を事実上つかさどっているのだと主張する。
 右脳はそれ以外にも重要な役割を果たす。それは共感を体験することである。その共感の機能を中心的につかさどるのが、右脳の眼窩前頭部である。この部分は倫理的、道徳的な行動にも関連し、他人がどのような感情を持ち、どのように痛みを感じているかについての査定を行う部位であるという。(わかりやすく考えるならば、脳のこの部分が破壊されると、人は反社会的な行動を平気でするようになるということだ。)その意味で眼窩前頭部は超自我的な要素を持っているというのがSchoreの考えである。
 さらには眼窩前頭部は心に生じていることと現実との照合を行う上でも決定的な役割を持つ。これは自分が今考えていることが、現実にマッチしているのかを判断するという能力であるが、これと道徳的な関心という超自我的な要素と実は深く関連している。自分の言動が、今現在周囲の人々や出来事とどうかかわり、それにどのような影響を及ぼすのか。この外界からの入力と内的な空想とのすり合わせという非常に高次な自我、超自我機能を担っているのも眼窩前頭部なのである。
 ここでSchore (2011) の提唱する無意識=右脳、という意味についてもう一度考えてみよう。一世紀前に精神分析的な心についてのフロイトの理論が注意を促したのは、私たちが意識できない部分、すなわち無意識の役割の大きさである。フロイトは無意識をそこで様々な法則が働くような秩序を備えた構造とみなしたり、欲動の渦巻く一種のカオスと捉えたりした。これはフロイトにとっても無意識は本質的にはつかみどころがないものであったことを示している。夢やいい間違い、ジョークなどの分析を考案することで、無意識の心の動きに関する法則を追及した。しかしフロイトの時代から現在までの一世紀あまりの間、無意識の理論は特に大きな進展を見せたとは言えない。その一方では心を扱うそれ以外の領域が急速に進歩した。その代表が脳科学であり発達理論なのである。
Schore の愛着理論の中でも注目すべきなのは、「愛着トラウマ」(Schore, 2002)という概念である。愛着関係は、それが障害された場合に、具体的な生理学的機序を介して乳児の心に深刻な問題を及ぼす。それは母親に感情の調節をしてもらえないことで乳児の交感神経系の持続的な興奮状態が引き起こされることによる。そして心臓の鼓動や血圧の上昇や発汗などに対する二次的な反応として、今度は副交感神経の興奮が起きる。すると今度は逆に鼓動や血圧は低下し、ちょうど疑死のような状態になるが、この時特に興奮しているのが迷走神経系の中でも背側迷走神経(Porges, 2001)と呼ばれる部分である。そしてSchore はこの状態として解離現象を理解する。そしてこれがAinsworthのいわゆるタイプDの愛着に対応するのである。
Schore, A.N. (2002). Advances in Neuropsychoanalysis, Attachment Theory, and Trauma Research: Implications for Self Psychology. Psychoanal. Inq., 22(3):433-484.
Schore, A (2011). The Right Brain Implicit Self Lies at the Core of Psychoanalysis. Psychoanalytic Dialogues, 21(1):75-100.
Porges, SW (2001) The polyvagal theory: phylogenetic substrates of a social nervous system. International Journal of Psychophysiology 42 Ž2001. 123_146