さてローゼンフェルドは精神病の患者さんを扱ううちに、当然の事ながら、ある発見をします。それは精神病の患者さんでも転移が起きるということです。というよりはある種の心の交流を持つことが出来る。これはフロイトの言う「精神病は自己愛的だから転移を形成しない」ということに対してそれとは異なった意見を持つことを意味していました。それを彼は(精神病性転移 psychotic transference)と名づけたわけですが、それを説明する絶好の理論にも遭遇しました。それは彼の分析家であるメラニー・クラインの対象関係理論だったわけです。そしてこの精神病における転移は、クラインが明らかにした妄想分裂ポジションにおける部分対象関係の迫害不安に満ちた世界が治療者に転移されたものだと主張しました。さらに投影同一化の臨床的な特徴を明らかにし,後の正常な投影同一化の研究の端緒を開いたと言われます。当然ながらPIは私たちみなが多かれ少なかれ持つ傾向ですから、ある意味ではこれは当然のことだったわけです。PIは子供にも、BPDにも、集団にも、あるいは日常心理にもみられるわけですから、この理論を持つことで一気にその理論の及ぶ範囲が拡大することになるわけです。
Rはクライニアン、ということはつまりフロイディアンですから、欲動二元論から出発します。つまり性的本能と破壊本能の二元論です。そしてあるタイプの精神病の患者は,性愛的な対象関係と破壊的な対象関係が混同しているとし、これを困惑状態 confusional states と呼び、羨望に対する防衛であるとした。そして議論を徐々に精神病から重症の人格障害へとシフトさせていきます。そして1960年代からは彼は非精神病的な病理的パーソナリティを持つ「破壊的自己愛」の研究を行ったが、これは広義のBPDに該当し、英国における境界例研究の代表的なものであるとされるようになった。彼が挙げている症例では,衝動的パーソナリティ障害,情的不安定性パーソナリティ障害,スキゾイド・パーソナリティ障害,自己愛パーソナリティ障害に該当する重症例が多いとされます。特に治療が成功しそうになったり治療者との情緒的接触や理解された体験を持つと急に自殺企図,反社会的行為,症状の悪化,激しい攻撃性の発露などの陰性治療反応を強く呈する患者群です。結局ローゼンフェルドの議論は、精神病というよりはパーソナリティ障害の議論に移っていったのですが、ここら辺は常にあいまいな表現に終始しているという感じがします。ローゼンフェルドの論文に常に出てくる、borderline and psychotic state という表現がまた悩ましいわけです。ボーダーラインと精神病患者は、と両者を一緒くたにしているというニュアンスがあるのですが、実際には両者の実態はまったく異なるわけであり、その意味ではこの問題はうやむやにされているのではないかという印象を受けてしまうのです。ちなみにここら辺の経緯については、以下の論文が多少触れています。
Herbert Rosenfeld (1971). A Clinical Approach to the Psychoanalytic Theory of the Life and Death Instincts: An Investigation Into the Aggressive Aspects of Narcissism. International Journal of Psycho-Analysis, 52:169-178.