「面接力」としての小精神療法(笠原)あるいは支持的療法
面接力と言ってもかなり漠然としていて、皆さんはぴんと来ないかもしれません。そこでもう少し限定していうと、公認心理師が特に身に着けていただきたいのは支持的療法です。例えば「サポーティブ・サイコセラピー入門」(ヘンリー・ピンスカー著)などのテキストを読んでいただきたいと思います。支持的な療法について語られることは本学会では非常に少ないのは残念なのですが、精神分析は転移解釈ばかりではありません。クライエントの話に共感し、その不安を軽減することも非常に重要な役目の一つです。ともすれば本学会では学問的な議論に重点が置かれ、深層の解釈に目が行きがちですが、分析的療法の両輪のうちもう一つは支持的なアプローチです。おそらく病棟で患者を扱う際も、異なる職種のスタッフとのコミュニケーションでも、分析的な深層解釈がその本領を発揮することはあまりないでしょう。相手との感情的なわだかまりを軽減し、防衛を解くために有効な面接力は支持的な療法の中に多く含まれます。
それに関して我が国では笠原嘉先生の「小精神療法」というのが提唱されました。これは忙しい精神科医でも、力動精神医学的治療を施すことを目的として、名大の笠原先生が考案したものです。これが支持療法に非常に近く、またきわめて応用可能性に富んでいます。
笠原嘉先生による小精神療法8つの定式をご紹介しましょう。
(a)病人が言語的非言語的に自分を表現できるよう配慮する。
(b) 基本的には非指示的(non-directive)な態度を持し、病人の心境や苦悩を「そのまま」
(b) 基本的には非指示的(non-directive)な態度を持し、病人の心境や苦悩を「そのまま」
受容し了解する努力を惜しまない。
(c)病人と協力して繰り返し問題点を整理し、彼に内的世界の再構成をうながす。しかし治療
(c)病人と協力して繰り返し問題点を整理し、彼に内的世界の再構成をうながす。しかし治療
者の人生観や価値観を押しつけない範囲で、必要に応じて日常生活上での指示、激励、医学的啓蒙を行う。
(d)治療者と病人との感情転移現象につねに留意する。
(e)深層への介入をできるだけ少なくする。
(f)症状の陽性面のうしろにかくされている陰性面(たとえば心的疲労)に留意し、その面での悪条件をできるだけ少なくする。
(g)必要とあらば神経症と思われる状態に対しても薬物の使用を躊躇しない。
(g)必要とあらば神経症と思われる状態に対しても薬物の使用を躊躇しない。
(h) 短期の奏功を期待せず、変化に必要な時間を十分にとる。
笠原嘉『精神科における予診・初診・初期治療』(星和書店)より
笠原嘉『精神科における予診・初診・初期治療』(星和書店)より
ちなみに笠原先生は、うつ病に対する小精神療法的アプローチについてもお書きになっています。これなどは、心理師としても十分に通用するのではないかと思います。
笠原の小精神療法
1)うつ病は病気であり、単に怠けではないことを認識してもらう
2)できる限り休養をとることが必要
3)抗うつ薬を十分量、十分な期間投与し、欠かさず服用するよう指導する
4)治療にはおよそ 3 ヶ月かかることを告げる
5)一進一退があることを納得してもらう
6)自殺しないように誓約してもらう
7)治療が終了するまで重大な決定は延期する
要するに基本的には受容的に話を聞くとともに、必要に応じて指示、激励、医学的啓蒙を行うということを強調しています。そして感情転移の要素に気を配るともあります。支持療法と言うと転移を扱わないのではないか、という誤解を受けることがありますが、転移感情はいかなる人間関係においてもその底流に流れています。それを直接扱うか、扱わないかは別として、それを否認したり無視したりすることが感情的なわだかまりを増すことにつながります。職場でどのようなことが問題になるかと言えば、それはスタッフ同士の反目や陰湿ないじめです。それはしばしば上司と部下の関係、あるいは医師とそれ以外の職種との関係です。そこに働く力動の多くは、比較的単純なものであり、それは私の考えでは自己愛的な問題に帰着することが多いと思います。
例えばあるベテランの看護師が、新入りの看護師が自分に十分な敬意を払っていないことにいら立ちます。それはほんの少しのちょっとした出来事で、朝職場に出たときに新入りの看護師の挨拶の声が小さく、聞こえにくかった、などのことです。新入りとしてはまだ自分に自信がなく、挨拶の声もいつも以上に小さくなってしまったことでしょう。しかし上司には挨拶は十分に伝わったつもりになっています。上司はそれを根に持ち、しかし「挨拶の声が小さい」ということを問題にすることは自分の包容力のなさ、器の小ささを示すことになるのではないかという懸念からは何も言わず、その結果として新入りの看護師は上司に悪い心証を与えたということなど全く知らなかったとします。すると上司がほんのちょっと自分にそっけない態度を取ったことの背景を読み取ることが出来ず、一方的に上司から冷たい態度をされたことに被害感を持ちます。するとベテラン看護師への不信感はすぐに相手に伝わり、感情的な隔たりや対立は増していく可能性があります。そのような様子を見てその二人の間に起きていることの手助けをするのはおそらくマネージメントの役割を担った心理師の役割というわけです。そしてそのような場合に精神分析のトレーニングはそれほど役に立たないかもしれません。ただここの心理師の話を聞く際にはやはり支持療法的な態度が基本にあるでしょう。ただし私はスプリッティングや投影などは日常的に起きているであろうとの考えを持っていますから、そこで起きていることを自分なりに理解するためには結構クライン派の概念を頭に浮かべています。
ところで実際の病棟では、おそらく心理師は対立する看護師の間に入って感情的なわだかまりを取るというところまでは到底力が及ばない可能性がありますから、二人の間の問題を解決するというよりは、両者の間のメッセンジャーとしての役割を取る形になるかもしれません。そしてその意味でスタッフミーティングでは積極的にその役割を取り、少なくとも二人のナースの間で起きている対立が病棟での機能を失うまでに発展しないように努力をするということまでしかできないでしょう。
しかしこのように考えていくと、では果たして心理師がこのように他のスタッフの間の問題の緩衝材になることが出来るのか、と言うことが実は大きな問題になってきます。なぜなら心理師も普通の人間であり、自分自身も様々な感情的な問題に巻き込まれる可能性があります。そうすると結局最終的に生きてくるのが、自分の逆転移をどうするのか、という問題です。