2017年7月5日水曜日

脳科学と精神療法 ④

ころが一見均一に見える脳の実質を顕微鏡で拡大してみると、すでにそこにぎっしりと脳細胞や神経繊維が詰まっているわけです。そして脳全体に1千億個という膨大な神経細胞が存在していて、その一つひとつの細胞から別の神経細胞にいくつつながりがあるかというと、10とか100じゃなくて100010000のオーダーです。大変なものです。1千億の結び目があって、それぞれが10000の他の神経細胞に連絡を取っている。脳とはそういう宇宙みたいな存在だということがわかってきました。最近では脳のどの部位とどの部位がつながっているのかというようなコネクティビティという学問があるそうで、学会もあると思います。
 どの部位とどの部位がつながっているか。そのつながり具合はどうなのかというと、私も全然詳しくはわからないんですけど、ネットでこんな情報を拾ってきました。脳を2000ぐらいの部位に分けて、どの部位とどの部位がつながっているのかということをコンピュータで作るとこういうふうになります(図省略)。つながっている部位が大きい、多いところからドットをしていくと後頭葉辺りですかね、大きなドットが集中しています。また拡散強調画像というものがあって、水分子の流れを追いかけていくと、神経線維の流れが撮れます。
 私がここで言いたいのはおそらく皆さんもよくおわかりだと思うんですけれども、脳というのは巨大な編み目構造、ネットワークであるということです。とんでもない膨大なネットワークから成立する脳。心はどういうふうに生まれてくるのか、皆さん不思議に思いませんか。私もすごく不思議で皆目わからないんですけれども、いくつか注目すべき先生がいて、その一人がジュリオ・トノーニというイタリア出身の方です。数年前に京大にも招かれて講演を行ったそうですが、彼の言っている説というのは皆さん驚くかもしれないんですけれども、すごく面白いです。彼は心は巨大なネットワーク、それを彼はΦ(ファイ)と呼んでいます。この著書の名前も「Φ」ということで、中に面白い画像がたくさん出てくるかなと思ったら、彫刻や美術品ばかりでちょっと買うとがっかりするんですけれども、ともかくも心とはΦの産物であり、そこに貯めることの出来る情報の多さが、意識のレベルを決めると考えます。すなわちあるネットワークがあった時にそこにどれほど情報を貯めることができるかということが、意識がどの程度鮮明になってくるかということです。情報が貯められて、それを伝達することができるような処があったら、それは意識を成立させるんだというわけです。これは人間の脳でもAIでも同じだと考えます。
 
彼はこんな絵を描いています。仮に8つの結び目があるとして、そこに幾種類かのネットワークを作ったんです。そして一番左のネットワークのどこかに刺激を与えると、隣の結び目に伝わり、そこで終わってしまう。音にすると「ピッ」という感じでしょう。そしてこの一見複雑そうな情報網も1個を刺激するといきなり全体に情報が行き渡ってしまって、情報量としてはあまりないということで、音にすると「カーン」という感じで、これもあまり続かない。これは同じΦなんです。情報量を貯める量は同じ。
 ところが、コンピュータでこういうものが作られたと言うんだけれども、8つの結び目から作ったネットワークで一番情報量が多いものはΦ74ですけれども、例えばここを刺激すると情報が回り、「タラララーン 」とかいうメロディーが聞こえるという感じでしょう。するとこのネットワークの方が、Φが大きく、それだけ複雑な意識をためることが出来るネットワークというわけです。
 これだけだとすごく単純で抽象的な話ですけれども、彼はこんな実験もしています。ある植物状態になっている人の脳の一部に電気刺激を与え、脳の他の部分にそれがどのように伝わったかを調べることが出来ます。おそらく脳波計みたいな物を付けるということだと思います。昏睡状態では1箇所を刺激するとこのぐらいの処が興奮してパッと止んでしまう。先ほどの音に例えるならば、ピンとかポンという感じです。それが昏睡状態にはいってから11日後に刺激を与えると、割と広範囲に、短時間ですが、電気刺激が到達したということです。さらに脳に電気刺激を与えると全体が鳴る。ポンとかピンといいう感じではなく、刺激が広い範囲にいきわたり、音に例えるならば、ジャラーンとか、先ほどのオルゴールみたいな形で鳴るようになります。これが普通の人の脳の活動はと言えば、複雑な交響曲が一日中なっているわけです。

 この技術すごいのは、例えばロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)で、脳幹の一部が損傷して、それこそ目しか動かせない状態で、「この人は意識がないのではないか?」と思われる場合にも、実際には意識がはっきりしていて周囲の声は全部聞こえて理解されている。このような状態の人の脳に電気刺激をしてどの程度脳が「鳴る」かを見ることで、すなわちトノー二の概念ではどれほど大きなΦが存在するかを知ることで、意識の存在を知ることが出来ます。これはすごく面白い話だと思います。


 情報統合システムは意識を生む。意識内の意識部分は情報統合システムにより自動的に成立する。何が意識内のシステムだとされるかは新ダーウィニズムにより決定される。いろんなものを突っ込んでいるので説明したい部分もあるんですけれども、要するに意識というのは情報が統合され伝達されるようなシステムが出来上がったら、そこに自然と析出してくるもの、という考え方です。ただし、我々が起きて意識している時に何を意識しているか。私が次に何を言おうと頭に単語を思い浮かべるか。そこには非常に複雑な選択のプロセスがあるということです。この辺から話が難しくなっていくかもしれません。私もあまり何を言っているのかわからないで話をしています。