2017年7月13日木曜日

脳科学と精神療法 (推敲) 2

  脳の研究ができる前というのは脳の中を見ても細かすぎて一見アモルファスで何も細部の構図が見えないとなると、そこで起きていることはすごくメカニックで単純な何かの運動というぐらいで終わっていたんです。ところが一見均一に見える脳の実質を顕微鏡で拡大してみると、すでにそこにぎっしりと脳細胞や神経繊維が詰まっていることが分かりました。そして脳全体に1千億個という膨大な神経細胞が存在していて、その一つひとつの細胞から別の神経細胞にいくつつながりがあるかというと、10とか100じゃなくて100010000のオーダーです。大変なものです。1千億の結び目があって、それぞれが10000の他の神経細胞と連絡を取っている。この複雑さを想像できるでしょうか。脳とはそういう宇宙みたいな存在だということがわかってきました。最近では脳のどの部位とどの部位がつながっているのかというようなコネクティビティという学問があるそうで、学会もあるようです。
 どの部位とどの部位がつながっているか。そのつながり具合はどうなのかというと、私も全然詳しくはわからないんですけど、ネットでこんな情報を拾ってきました。脳を2000ぐらいの部位に分けて、どの部位とどの部位がつながっているのかということをコンピュータで図示するとこういうふうになります。つながっている部位が大きい、多いところからドットをしていくと後頭葉辺りですかね、大きなドットが集中しています。また拡散強調画像というものがあって、水分子の流れを追いかけていくと、神経線維の流れが撮れます(図は省略)
 私がここで言いたいのはおそらく皆さんもよくおわかりだと思うんですけれども、脳というのは巨大な編み目構造、ネットワークであるということです。とんでもない膨大なネットワークから成立する脳。心はどういうふうに生まれてくるのか、皆さん不思議に思いませんか。私もすごく不思議で皆目わからないんですけれども、何人か導き手になる注目すべき先生がいて、その一人がジュリオ・トノーニというイタリア出身の方です。数年前に京大にも招かれて講演を行ったそうですが、彼の言っている説というのはすごく面白いです。彼は心は巨大なネットワークだと考え、それを彼はΦ(ファイ)と呼んでいます。彼の最新の著書の名前も「Φ」という題名で、中に面白い画像がたくさん出てくるかなと思ったら、彫刻や美術品ばかりでちょっと買うとがっかりするんですけれども、ともかくも心とはΦの産物であり、そこに貯めることの出来る情報の多さが、意識のレベルを決めると考えます。すなわちあるネットワークがあった時にそこにどれほど情報を貯めることができるかということが、意識がどの程度鮮明になってくるかということです。情報が貯められて、それを伝達することができるような処があったら、それは意識を成立させるんだというわけです。これは人間の脳でもAIでも同じだと考えます。
 彼はこんな絵を描いています(図は省略)。仮に8つの結び目があるとして、そこに3種類のネットワークを作ったのです。そして一番左のネットワークのどこかに刺激を与えると、隣の結び目に伝わり、全体には伝わらず、そこで終わってしまう。これは私の説明ですが、そこでおきたことを音にすると「ピッ」という感じで一瞬で終わってしまうわけです。また右端の、一見複雑そうな情報網も1個を刺激するといきなり全体に情報が行き渡ってしまって、情報量としてはあまりないということで、音にすると「カーン」という感じで、これもあまり続かない。これは同じΦなんです。情報量を貯める量は同じ。
 ところが、コンピュータでこういうものが作られたと言うんだけれども、8つの結び目から作ったネットワークで一番情報量が多いものが真ん中のネットワークだそうです。これはΦ74ですけれども、一箇所を刺激すると情報があちこちをめぐり、しばらく鳴り続ける。タラララーンとかいうメロディーが聞こえてきそうです。するとこのΦが大きいネットワークの方が、それだけ複雑な意識をためることが出来るネットワークというわけです。
図2(省略)
 これだけだとすごく単純で抽象的な話ですけれども、彼はこんな実験もしています。ある植物状態になっている人の脳の一部に電気刺激を与え、脳の他の部分にそれがどのように伝わったかを調べることが出来ます。おそらく脳波計みたいな物を付けるということだと思います。昏睡状態から脱出し始めた最初の日(一番左の図)は、1箇所を刺激するとこのぐらいの処が興奮してパッと止んでしまう。先ほどの音に例えるならば、ピンとかポンという感じです。それが昏睡状態から回復し初めて11日後に刺激を与えると、割と広範囲に、短時間ですが、電気刺激が到達したということです。それが真ん中の図。さらに脳に電気刺激を与えると全体が鳴る。ポンとかピンといいう感じではなく、刺激が広い範囲にいきわたり、音に例えるならば、ジャラーンとか、先ほどのオルゴールみたいな形で鳴るようになります。これが普通の人の脳の活動はと言えば、複雑な交響曲が一日中なっているわけです。
この技術すごいのは、例えばロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)で、脳幹の一部が損傷して、それこそ目しか動かせない状態で、「この人は意識がないのではないか?」と思われる場合にも、実際には意識がはっきりしていて周囲の声は全部聞こえて理解されているということがあります。しかしこれまではそれをなかなか証明できなかった。しかしこのような状態の人の脳に電気刺激をしてどの程度脳が「鳴る」かを見ることで、すなわちトノー二の概念ではどれほど大きなΦが存在するかを知ることで、意識の存在を知ることが出来ます。これはすごく面白い話だと思います。
 情報統合システムは意識を生む。意識内の意識部分は情報統合システムにより自動的に成立する。何が意識内容として体験されるかについては、次にお話しする新ダーウィニズムにより決定される。要するに意識というのは情報が統合され伝達されるようなシステムが出来上がったら、そこに自然と析出してくるもの、という考え方です。我々が起きて意識している時に何を意識しているか。私が次に何を言おうと頭に単語を思い浮かべるか。そこにはランダム性と創造性に満ちた非常に複雑なプロセスがあるということです。この辺から話が難しくなっていくかもしれません。私もあまり何を言っているのかわからないで話をしています。
 次にお話ししたいのが心における適者生存、あるいはダーウィニズムというテーマです。ウィリアム・カルビンという学者の「How Brains think」ずいぶん前の本なんですけれども、非常に感銘を受けた本です。そこに心の活動というのは常にダーウィニズムが起きているという話が出てきます。脳の中で様々な可能性が離散集合して、その中で強いと思ったものが体制を占めて勝ってしまう。トランプさんとクリントンさんみたいなものです。最後にどうしてああなってしまうのということがダーウィニズムで起きて、そして結果が出る。実は我々の心はこれが各瞬間に起きているということです。私がここで何を言いたいかというと、トランプさんが勝ったみたいに、我々の心を産出しているものというのは最後の瞬間に何が起きるかわからない形で、かなりアトランダムに生じてきやすいわけです。
 ランダムウォークという言い方があります。ランダムウォークというのは、ブラウン運動をする花粉の小さな粒がこういういろんな動きをするわけです。英語ではDrunkers walk(酔っぱらいの歩行)。脳の中ではこういうことが起きているのではないかということを神経ダーウィニズムは言っています。
 神経ダーウィニズムというのは2種類の考え方があります。例えば最初はこんな形になります。(図は省略)
 神経細胞の間は神経線維が繋がっています。そのうちの一部が繰り返し刺激を受けると、そこの結びつきが太くなると同時に、それ以外の部分がプルーニング(枝切り)されていく。それでここだけが強化されるという形で生き残っていく。これがいわゆるヘッブの法則です。要するにいつも同時に興奮している神経細胞はつながっていく原則でもって最終的に残された道が太くなります。これも一種のダーウィニズムです。
 これとは別にもう一つのダーウィニズムがある。我々の大脳皮質の厚さはわずか2mm。そこに膨大な数の神経細胞があります。その大脳皮質に関して、皆さんはそれが微細なコラムにより成り立っているという話しをお聞きになったことはあるでしょうか。そのコラムは筒のような形になっていて、一つのコラムの上下で情報のやり取りが行われている。マイクロコラムが100くらい集まるともう少し大きいコラムになる。マイクロコラムは大脳皮質の中に1億あると言われています。我々の脳の在り方というのは1億もの小さなモジュールがそれぞれ個別に何かをやっているということです。だから上から見るとこのコラム、このコラム、このコラム、ちょっと別のつながったコラム、という構造になっていて、それが合わさったマイクロコラムがまた集まって大脳皮質のいくつもの部位を形成しているということになります。
 そのコラム間でどういうことが行われているかというと、これはどういうものがあるかというとカルヴィン先生の仮定ですが、コラムは一つの内容が別のコラムに次々とコピーされていくということなのです。もちろん大脳皮質の限定されたエリアでの話ですが、そこであるコラムの内容がコピーされて、それが領土を拡大し、別の物の領土拡大へと繋がり、最終的に勝つもの、この間の選挙でのトランプさんになったわけです。
 彼はその著書でこんな絵を描いています(図は省略)。コラムが自分をコピーして領土を拡大すると、別の物との間で中間にはさまれた物が浮動票みたいな感じになる。大脳皮質というのはコラム間に陣取り合戦が常に起きているというのです。私がこうして話している時に、次に何を話そうかと浮かんでくる単語というのは、私の頭の中で各瞬間各瞬間にいくつかの単語の候補が現れて、その中で一番強いものが勝って口から出てくるけっかなのです。私はアドリブで話しているけれども、原稿を読んだ時は全く違うことが起きているというわけです。
 カルヴィンさんは別の絵で、グー・チョキ・パー、何を出そうかという時に、最終的に何かを出すんだけれども、その時にはパーのエリアとチョキのエリアとグーのエリアの間に争いが起き、最終的にどれかを出すかが決まるという様子を描いています。どれが出るかは、ちょうど鉛筆のとがった芯を下にしてどちらに倒れるかというのと同じくらいにランダム性をもっているということです。ただしもちろん、最初からパーを出すつもりだったらこんな面倒なことは起きません。人が自由意思で、何かを選択するときには、多かれ少なかれこのような「適者生存」の現象が起きているというわけです。エー、今日の説明で、私にとって一番難しいところを説明したわけですけれども、えっ、すごいみたいな反応は特に皆さんないようですが、続けさせていただきます。
 脳の中で起きていることというのはちょうど自然界で起きていることに似ています。ミクロなレベルでたくさんの分子がくっ付いては離れ、くっ付いては離れしてタンパクが合成されたり、それが結晶化したり、あるいはドーパミンのリセプターにいろんな分子がくっ付いては離れ、くっ付いては離れしてるのですが、ドーパミンがたまたまくっ付くとピタッと合わさって離れなくなったりなど。自然界のミクロのレベルでは様々な分子がグルグルと高速で混ざり合っている。その中から次の選択肢が起きてくる。脳の中で起きているもの同じような事なのです。
 このプロセスを、おそらく一番典型的な形で我々がイメージしやすいのは夢です。海馬の専門家の池谷裕二先生がこういうふうなことを書いていて、すごく面白いなと思ったことがあります。夢では海馬が中心になって日中の体験を引き出し、その断片をでたらめに組み合わせる。例えば一つの出来事の記憶が、時系列的なABCDEにわかれたとします。すると夢ではACEEABのような組み合わせも起き、そこに新しい意味が生まれたりするのです。
 私自身がこんな絵を作ってみました(省略)。真ん中の赤い部分が海馬です。日中の記憶ABCDEが夢を見ている間は、それらの要素は分解されてしまいます。要するに食べた物を分解するみたいなことが起きるんですね。そしてそれらが自由に組み合わされる。その間の組み合わせは、先ほど言った様々な物質が形成されるのと同じような形でランダムに組み合わせが起きているのです。そしてたとえばACEEABBADということが成立する。それがなぜかピックアップされて夢として出てくる。どうして我々が見る夢が、昼間に起きたことそのものではなく、過去の色々な要素が混じっているのかといえば、それはいろいろなものが交じり合って、いろんなものがくっ付いたり離れたりして偶然出来てくるものだからです。だからこそ奇妙奇天烈なとんでもない内容にもなったりするわけです。つまり夢先ほど言ったダーウィニズムが働いているのではないかと思います。
 それでついでに思い出すのは創造的な過程です。例えばモーツァルトは交響曲の演奏会の当日の朝にスコア(総譜)が降ってきたというんです。それをモーツァルトは一生懸命書き写して、当時はコピー機がないからどうしたんだろうかと思うんだけど、スコアを配って演奏会を成立させたと言われています。その場合、モーツァルトの脳の中で起きていることは、完成形までいくようなものを無意識で作っていたということです。その中で審美的に美しいメロディーが生き残って意識に表れたと考えられます。しかしそうすると意識は必要あるのかという話にまでなってしまう。大変なことになりましたね