2017年7月11日火曜日

脳科学と精神療法 ⑧

 新無意識が示す治療の在り方。これでどうやって治療論にもっていくかというのは、非常に私としても悩むところなんですけれども、ここからが私の本音であり本題です。新無意識の取り扱い説明書はまだ存在しない。おそらく永遠に存在しない可能性がある。そうすると治療上の基本原則レシピも存在しない。精神分析でいう匿名製的な検討、中立性、受け身性みたいなものを当てはめようとしたフロイトの脳の構造というのはすごくシンプルだった。新しい無意識の概念にもとづいた場合には、これまでほどには精神分析学的な理論に執着する必要はないのではないかということです。「これまでほどには」というのは半分は意味があると思うからです。しかしむしろロジャース流のやり方にも意味があるのではないかということを考えています。要するにいろんな精神療法の共通点を探っていって、ジェネリックな精神療法ということを考えた場合、ロジャース的な考え方というのはかなり入ってきてしまうということがあります。フロイディアンとしては非常に残念で悔しいと思うんですけど、こうなってしまう。患者の言葉が重層決定されて、ダーウィニズム的に決定される以上、それを深読みして解釈する意義はそれだけ少なくなってしまう。それには素直に患者さんの話を聞きましょうということです。
 ランバートの報告というのがしばしば出てくるのでここで紹介しますと、ランバートの1992年の報告で、精神療法はその効果の40%は治療外の要因、こういうような出来事、クライアントがもともと持っている強さ、そして技法とモデルは15%。精神分析で治したとしても精神分析の技法でもって治したのは15%に過ぎない。それ以外の中で、30%に関しては受容、共感、思いやり、励まし、クライアントとの治療関係でそういったものがすごく大きな意味をもっている。治療者としては本来に立ち返るしかないんじゃないかということです。
治療の基本は患者の話に共感し、そのための明確化を進めていくこと。その差異に常に治療者の側の現実との照合が問題になってきます。患者の話を聞きつつ、それが治療者という他者からどう見えるかについての情報を提供すること。それが新無意識的な立場に立った治療の要となります。精神療法は結局は治療者と患者の双方の相互的なディープラーニングです。治療というのは2つのディープラーニングが交流を行うことです。すると質のいい交流がどうしても必要になってくるわけです。するとこちらのインパクトがどういうふうな形で患者さんの側に伝わっているかを見るということが大事です。患者さんからのアウトプットはサブリミナルなものも含めて入っているということを考えた上で、あまり細かいことの解釈はせずに全体の流れをつかむということが大事です。そうすると治療とは結局関係性、情動的な交流が意味をもつことになります。
 我々が治療がうまくいっていると感じる場合には我々の心と患者さんの心がある意味では障壁や防衛がなく交流ができているという状態。土居健郎先生は、治療というのは一種の甘えが起きている状態だとおっしゃいましたが、この見方を私は皆さんんぜひお勧めしたいです。治療がうまくいっているかどうかという時に一つ考えてほしいのは、この患者さんは私に甘えることができているのか、あるいは患者さんに対して私は甘えているのか。要するに協力して防衛的にならずに済んでいるのかということです。患者側が自分に甘えていないという時、いい意味での甘えが行われていないという時にはこちらが甘えを許容していないという部分があるというふうに土居先生は考えたんです。
 私も最近、スーパービジョンをやっていて、この人はすごくうまくいくんだけど、どうしてこの人はうまくいかないんだろうと考えた時に、甘えの関係が成立しているんだと思ってはっとしたことがありました。私はこの歳になり、しわも増えて貫禄が出てしまっている。するとバイジーさんたちは緊張なさっていることが多いようです。そこでのバイジーさんたちの治療力は、実は彼ら、彼女らが私に対してうまく甘えつつ言いたいことを言って自分を貫くことを忘れないか、ということによって決まってきます。そのような関係でこそ、有効なディープラーニングが行われるのです。
  
松本:
 お伝えしなくてはいけなかったんですけど、5時までのセッションで質問の時間が十分に取れなくなってしまいました。でも、ちょっとは延びてもいいと思います。いかがですか。フロアの先生方、ご質問やご意見はありますか。

フロア1:ホモセクシュアリティについての質問。
 岡野:
 この質問は私は勉強不足で答えられないんですけれども、ただこれは皆さんがご存じだと思うんだけれども、例えば男性のホモセクシャリティの場合、視床下部のある部位が小さいというのは知られています。女性の場合は私はよくわかりません。
フロア2
 アスペルガー障害についての質問。
 岡野:
 アスペルガーの方はおそらく共感回路が十分な形で成り立っていないということで、人の理解をする際に、情緒的にではなく、知的に理解するということが起きるわけです。それがかなり熟達する方が理科系の大学教員や研究者にもたくさんいらっしゃいます。要するにミラーニューロンに関わるような共感というのは難しいのではないかというのが私の感想です。