関係精神分析における最近のトピック
以下に関係精神分析において特に最近取り上げられているトピックをいくつか挙げたい。それらはFerenczi理論の再評価、脳科学、トラウマ理論、解離理論、フェミニズム、などである。こう挙げただけでも関係精神分析は、その学際性それ自体が一つの大きな特徴といってもいいであろう。先に関係精神分析は無意識の探求という本来の精神分析の在り方を逸脱していると述べたが、その意味では関係精神分析は「(伝統的な意味で)精神分析的であれ」という縛りを自らから解き放ち、あらゆる関連分野における知見を貪欲に取り込むという動きがみられる。
Ferencziの再評価
近年においてFerencziの再評価が進んでいる。Freudと同時代人とも言えるFerenczi
は、驚くべきイノベーターであり、関係精神分析を事実上先取りしていたという意見すらある(Aron, L. & Harris, A.Eds.
(1993) The Legacy Of Sandor Ferenczi. Routledge)。実際関係精神分析においては、Ferenczi 理論の再考は盛んにおこなわれ、2008年にはニューヨークにフェレンチセンターも立ち上がっている。そしてこのセンターの代表はLewis Aron, Adrienne Harris といった関係精神分析のリーダー格ともいえる人たちである。ちなみにわが国でも森茂起による翻訳により、Ferencziの業績が再評価される機会が与えられている(森、2000, 2007)。
Ferencziといえば、かのH.S.Sullivanが米国でのその講演を聞いて深く共感し、自らの考えに最も近い精神分析家と感じ、弟子のClara Thompsonをブタペストまで送って分析を受けさせたという逸話が思い出される。関係精神分析とFerencziとのつながりは実はその時代にまでさかのぼって作り上げられていたとみることも出来る。
“Psychoanalytic Dialogue” 誌上でFerencziの概念の再評価に大きく貢献した人としてJay Frankel (2002) の名があげられる(Frankel, 2002)。FrankelはFerencziが1932年に発表した論文「大人と子供の言葉の混乱」を取り上げ、そこで提案されている「攻撃者との同一化」という概念が、トラウマ状況において被害者である子供の心に生じる現象をとらえている点で、よく知られるAnna Freudの同概念に勝るとする。Frankel は最近のトラウマ理論を援用しつつ、Ferencziの同論文の読解を行い、そこに同一化のプロセスと解離のプロセスが同時に生じているという点を指摘する。すなわち解離とは攻撃者に対面した現在の恐怖を無きものにするが、それは攻撃者を内側に取り込むことによりコントロールが可能となると考えられるのだ。この様にFerenczi の概念の先駆性は、解離の概念の分析的な理解という文脈においても論じられる傾向にある。
“Psychoanalytic Dialogue” 誌上でFerencziの概念の再評価に大きく貢献した人としてJay Frankel (2002) の名があげられる(Frankel, 2002)。FrankelはFerencziが1932年に発表した論文「大人と子供の言葉の混乱」を取り上げ、そこで提案されている「攻撃者との同一化」という概念が、トラウマ状況において被害者である子供の心に生じる現象をとらえている点で、よく知られるAnna Freudの同概念に勝るとする。Frankel は最近のトラウマ理論を援用しつつ、Ferencziの同論文の読解を行い、そこに同一化のプロセスと解離のプロセスが同時に生じているという点を指摘する。すなわち解離とは攻撃者に対面した現在の恐怖を無きものにするが、それは攻撃者を内側に取り込むことによりコントロールが可能となると考えられるのだ。この様にFerenczi の概念の先駆性は、解離の概念の分析的な理解という文脈においても論じられる傾向にある。
脳科学
同じく”Psychoanalytic Dialogues” 誌に2011年に掲載されたAllan Schore (2011) の論文は、関係精神分析が脳科学的な知見との整合性を求めている事実を示している。脳科学者であり、精神分析にも造詣の深いSchore は、精神分析的な知見がどのように脳科学的な素地を有しているかという問題を追及し、そこで右脳がフロイト的な無意識におおむね相当するという大胆な仮説を提出する。Schore が強調するのは黙示的な情動調節の重要性であり、その不調は第一に早期の関係性のトラウマ、すなわち愛着の問題に由来し、それが精神療法における主要なテーマになるであろうということである。
このようなSchoreの主張は脳科学と愛着の問題、そしてトラウマの問題を一挙に関連付けるとともに、右脳の機能との関連で、Freudにより提示された無意識の概念の重要性を、ほかのどの関係論者よりも強調する。Schore の研究は、脳科学という文脈を通して、現代的な精神分析はもっともFreudに近づく可能性を示しているともいえるであろう。
愛着理論
愛着理論は関係精神分析において今後の議論の発展が最も期待される分野のひとつである。奇しくも2007年に ”Attachment: New Directions in
Psychotherapy and Relational Psychoanalysis”(愛着:精神療法と関係精神分析における新しい方向性)という学術誌の第一号が発刊となった。まさに関係精神分析と愛着理論との融合を象徴するような学術誌であるが、その第一号に登場したPeter Fonagy が熱く語っているのは、愛着に関する研究の分野の進展であり、それの臨床への応用可能性である(White, K., Schwartz, J. (2007)。Fonagy は最近は特徴的な愛着を示す幼児とその母親を画像診断記述を用いて研究をしているという。かのJohn Bowlbyの生誕100年に発刊したこの学術誌は、彼の研究と臨床とをつなぐ強い意思を現代において体現しているといえる。
現在愛着理論に関する研究は華々しい進展を遂げているが、その出発点としてのBowlby(1988)は かなり明確に分析批判を行っている。
「精神分析の伝統の中には、ファンタジーに焦点を当て、子供の現実の生活体験からは焦点をはずすという傾向がある。」(Bowlby, 1988, p.100) この批判は現在の関係精神分析の論者の言葉とも重なるといえよう。