2017年6月3日土曜日

あらたに収録する章 「関係精神分析」⑩

これからの関係精神分析

前章はこれまでの関係精神分析の歴史について述べたが、本章ではこの分野における最近の動向に焦点を当ててみたい。
関係精神分析relational psychoanalysisの動きは、確実に拡大を続けているという印象を受ける。関係精神分析は特に北米圏でその勢いを拡大させている。前章でも紹介したPsychoanalytic Dialogues」誌は2016年に創刊25周年を迎えた。1991年の1月にStephen Mitchellが創始したこのジャーナルは、最初は彼の率いる小さなグループの手によるものであった。しかし今では数百の著者、70人の編集協力者を数えるという。最初は年に4回だったのが、1996年にはすでに隔月刊で年に6回の刊行に変更されている。この紙面を毎号飾る斬新な特集のテーマは、まさに関係精神分析の動きをそのまま表していると言っていい。
そもそも関係精神分析とはどのような動きか?関係精神分析はそれ自体が明確に定義されることなく、常に新しい流れを取り入れつつ形を変えていく動きの総体ということができる。関係精神分析 をめぐる議論がどのように動いていくかは、予測不可能なところがある。私は個人的には、Irwin Hoffmanの理論(Hoffman, 1998)により、その総体をすでに与えられていると感じているが、それはあくまでも総論的な全体の見取り図である。各論が今後どのように展開され、論じられていくかは予想が難しく、その時代の流れに大きく影響を受けるであろうという理解をしている。
 とはいえ関係精神分析の今後の行方をある程度占うことは出来るだろう。世界が全体としては様々な紆余曲折を経ながらも平等主義や平和主義に向かうのと同様、精神分析の流れる方向も基本的には平等主義であり、倫理的な配慮がその基本的な方向付けを行っている。精神分析におけるこれまでの因習や慣習は、それが臨床的に役立つ根拠が示されない限りは再検討や棄却の対象となるだろう。
関係精神分析の繁栄の要因についてMills, J. (2005) はいくつかを挙げている。それらは分析的なトレーニングを積んだ心理士が増え、彼らは伝統的な精神分析インスティテュートによる教育ではなく、より新しいトレンドを大学で学んでいること、そして最近の新しい著作の多くは関係性理論に関連するものであること、そして関係精神分析になじみ深い分析家が主要な精神分析の学術誌の編集に広く携わるようになっていることなどである。
このミルズの指摘に付け加えて筆者が強調したいのは、関係精神分析が非常に学際色が強く、そこにさまざまな学派や考えを貪欲に取り込み、枝葉を広げていく傾向や、臨床に応用可能なら何とでも手を結ぼうという開放性が一種の熱気や興奮を生み、それがひとつのモメンタムを形成しているという事情である。そしてそこにはそれらの熱狂を支える幾人かのキーパーソンがいる。具体的には故Stephen Mitchellをはじめとして、Peter Fonagy, Allan Schore, Jessica Benjaminといった面々の顔が浮かぶ。

このような関係精神分析の流れは、全体として臨床上の、ないしは学問上位の自由や独創性を追求する流れ、ホフマンの言う治療者の「自発性」の側面に重きを置いたものと言えよう。しかしそれは必然的に伝統的な精神分析の持つ様々な慣習や伝統を守る立場(ホフマンの言う「儀式」の側面)からの抵抗を当然のごとく受ける。本稿ではその事情についても触れたい。