メンタライゼーション
メンタライゼーションの研究および臨床への応用は、上に述べた愛着理論の研究と密接な関係がある。メンタライゼーションの理論的な根拠は、従来の精神分析理論、愛着理論のみならず最新の神経生理学をも含みこむものの、原則的にはそれが発達途上の情緒的なコミュニケーションの失敗ないしはトラウマ(いわゆる「愛着トラウマ」)の産物であるという視点が貫かれているという点である。この理論の提唱者であるPeter Fonagy や Anthony Bateman は、養育者から統合的なミラーリングを提供されなかった子供がメンタライゼーションの機能に支障をきたすプロセスをいくつもの図式を用いて詳しく論じる (Bateman, Fonagy,
2006) 。彼らはともすると漠然として治療方針が見えにくいという関係精神分析に対する批判が当てはまらないような、極めて具体的な治療指針をそのプロトコールで示しているのだ。
解離理論、トラウマ理論
Donnel Sternは、関係精神分析の野心的なリーダーの一人であり、2014年の日本精神分析学会年次大会にも招かれ、基調講演も行っている。彼によれば、精神分析のテーマは、従来の分析家による解釈やそれによる洞察の獲得ということから、真正さ authenticity, 体験の自由度 freedom to experience そして関係性 relatedness に推移しつつある (Stern, 2004)
。そのStern は特にエナクトメントに着目し、それを解離の理論を用いて概念化する。エナクトメントとは、事後的に「ああ、やってしまった」「あの時は~だった」と振り返る形で、そこに表現されていた自分の無意識的な葛藤を理解するというプロセスを意味するが、そのようなエナクトメントが起きる際に表現されるのが、自己から解離されていたもの、として説明されるのだ。
関係精神分析の世界でSterm
とともに解離の問題を非常に精力的に扱っているのがPhillip Bromberg であり、わが国でも彼の近著が邦訳されている(Bromberg, 2012)。Bromberg の解離理論は、基本的にはすでに紹介したStern と同様の路線にあるが、それをさらにトラウマ理論と結び付けて論じる。トラウマ理論とは、人間の精神病理に関連する要因として過去のトラウマ、特に幼少時のそれを重視する立場であるが、Bromberg トラウマを発達過程で繰り返し生じるものとして、つまり一つの「連続体」として捉える。そして自分の存在の継続自体にとって脅威となるトラウマの影響を tsunami(津波)と表現し、それが彼の解離理論と深く関わるのだ。
以上現在の関係精神分析のあり方や将来の発展性について概説したが、もちろん本稿で触れられていないテーマは膨大である。私の概説は関係精神分析という大きく複雑な流れの一つのラフスケッチに過ぎないことを最後に付け加えておきたい。