2017年3月22日水曜日

精神療法の強度 推敲 ⑤

ちなみにこのスペクトラムの概念について一言付け加えるとしたら、それは精神療法やカウンセリングにはほかにもさまざまなスペクトラムが存在するということです。上に示したのは、セッションの頻度に基づいたものですが、他にも一回のセッションの長さの問題があります。これもは、5分、10分といった短いものから、スタンダードとしての50分、その先にはダブルセッションといって90分、100分のセッションまであります。さらには開始時間の正確さということのスペクトラムもあります。これもご存知の方はいらっしゃると思いますが、精神科医療には、患者さんの到着時間のファクターがあります。到着時間がいつも早い人もいれば、遅い人もいます。そして医師の診察が先か、心理面接が先かというファクターもあります。医師が心理面接の開始五分前に、例えば心理面接の始まる三時の十分前に、とりあえず患者さんに会っておこう、と思い立ちます。もちろんギリギリ三時までには心理士さんにバトンタッチできるだろう、という算段です。ところがそこで薬の処方の変更に手間取り、自立支援の書類を持ち出され、あるいは自殺念慮の話になり、とても十分では終わらなくなります。心理士としては医師のせいで遅れて開始された心理療法を、定刻に終わらせるわけにはいきません。こうして起きてはならないはずの開始時間のずれが、実際には起きてしまいます。そして心理士さんは三時十分に始まったセッションを三時半で切り上げるわけにはいかなくなります。すると開始時間、終了時間という、治療構造の中では比較的安定しているはずのファクターでさえ、安定しなくなります。すると患者さんは、開始時間は不確定的、という構造を飲み込むことになります。これもまたスペクトラムの一つの軸です。
それ以外にもたとえば料金の問題があります。一回三万円のセッション(これが実際に存在することを仲間の臨床家から聞いたことがあります)から、保険を使った通院精神療法までがあります。原則無料の学生相談室での面接ということもあるでしょう。あるいは治療者がどの程度自己開示を厳密に控えるか、ということにもスペクトラムがあり得ます。ある治療者は事故でけがをして松葉づえをついて患者を迎え入れますが、その事情を一切語らなかったと言います。しかし別の治療者なら少し風邪気味なだけで、「風邪をひいて少し声がおかしくてごめんなさい」と言うかもしれません。
さらには治療者の疲れ具合、朝のセッションか午後のセッションか、など数え上げればきりがないほどのファクターがそれぞれのスペクトラムを持っていると言えるでしょう。

この様に治療におけるスペクトラムは多次元的ですが、大体どこかに収まっていることで、あるいは予測可能な揺らぎの範囲内にあることで、治療構造が守られているという実感を、治療者も患者も持つことが出来るでしょう。