2017年1月3日火曜日

解離概論 推敲 4

境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder, 以下 BPD とする) が解離性障害と混同される原因は大きく二つ考えられる。一つは診断ないしは概念上の混乱である。かつてHerman は複合型 PTSD の概念を提出した中で、従来BPD と呼ばれてきた障害は基本的にはトラウマに由来するものとしてとらえた。現代の解離概念を代表する構造的解離理論においても、van der Hart らはBPD を「二次的な構造的解離」ととらえている。これらの理論に従えば、BPD はトラウマ関連疾患ということになる。DSM-5 に見られるBPD の第10項目である「一過性の解離症状」という項目も、このような見方の根拠の一部をなしているといっていいだろう。実際にDSM51BPD の診断基準の多くは、DIDにも当てはまる可能性があるとも言われる21)
 BPD が解離性障害と混同されるもう一つの原因はBPDの患者と解離性障害、特にDIDの患者がともに持つ、極端な対人関係のあり方に見出すことができる。しかし松本 や岡野が指摘するように、BPDと解離性障害には根本的な相違がある。それは端的に内的世界において何を分裂 split させるかという問題に関してである。BPD と異なり、解離性障害の患者は怒りや恐怖を投影や外在化することで対象にぶつけることがむしろ苦手な傾向にある。筆者の臨床体験としても、BPD の患者がしばしば治療関係を安定した形で持つことが難しいのに対し、解離性障害においては治療関係を大切にし、むしろ治療者に気を使いすぎるという特徴がみられる。しかし数は少ないながらもBPDの傾向を併せ持つDIDの患者に出会うこともある。ちなみに筆者は便宜的にBPD の病理を一つのスペクトラムとして理解し、解離性障害の患者が時にどの程度のBPD 性を発揮しうるか、という捉え方をしている。このような見方は、BPDか解離性か、といった二者択一的な診断を患者にあてはまる必要から治療者を解放してくれるであろう。

側頭葉癲癇
解離症状は、時には癲癇症状と区別がつきにくい場合がある。解離様のエピソードにおいて患者の行動にまとまりがなく、また深刻な意識変容が疑われる場合、それが実は側頭葉癲癇の可能性があるために注意を要する。以下に米国の Epilepsy Foundation のホームページ にある記載内容をもとにその症状をまとめてみる。
側頭葉癲癇は癲癇の中でももっとも頻度が高いもののひとつとされる。癲癇波は多くの場合側頭葉の海馬から始まり周囲の組織に及ぶ。 側頭葉癲癇はさまざまな名前で呼ばれ、単純部分癲癇(意識喪失を伴わないもの)と複合部分癲癇(意識喪失を伴う)、精神運動発作、辺縁系癲癇などとも呼ばれている。発作の前兆としてしばしば観察されるアウラにおいては、周囲が異様に感じられたり、声、音楽、におい、味などの幻覚が生じたりする場合もあり、また吐き気などの消化器症状なども特徴的とされる。アウラは通常数秒から12分続くことがあり、それに続く症状はさまざまな形態をとる。古い記憶、感情、感覚などが突然襲い、 一点を見つめる、手をいじくりまわす、舌や唇を鳴らす、おかしなしゃべり方になる、などの症状が見られる。診断はMRIの所見(海馬の硬化など)と脳波所見(前側頭葉の棘波および徐波 spike or sharp waves など)が決め手となり、多くは神経学的な治療により回復する。 
筆者の体験したあるケースは、その「発作」の最中に、周囲に助けを求めたり、許しを請うたりする言葉が繰り返され、一見幼少時のトラウマを再現しているようであった。しかし繰り返して脳波をとった結果として異常波が見られ、抗癲癇薬が処方されることで症状が軽快した。
側頭葉と解離症状との関連はすでに諸家により示唆されている。そもそも側頭葉癲癇の症状として解離症状や離人体験が記載されることも多い。Lanius らは、解離性の症状を示す患者において、側頭葉の活動亢進が見られることを報告している。ただしこのことから解離性の症状を一義的に側頭葉の病理に帰することは無論出来ない。

一過性全健忘、一過性脳虚血発作

一過性全健忘 transient global amnesia や一過性脳虚血発作 transient ischemic attack は、解離性遁走との鑑別で問題となる可能性がある。一過性全健忘においては、患者はある日前触れもなく前向性健忘を来し、新しいことをまったく覚えられなり、同じ質問を繰り返したりするが、通常 24 時間以内に症状は消失する。原因には諸説があるが、今のところ不明であるとされる。
一過性脳虚血発作もまた解離症状や癲癇症状との鑑別に関して重要である。症状としては一過性の視覚異常、失語、呂律のまわらなさ、混乱等がみられるが、多くの場合数分で症状は消失する。一般に一過性脳虚血発作の発症は解離性遁走に比べてより高年齢層でみられ、また症状の時間経過から鑑別は比較的容易である。原因としては脳の一部、脊髄、網膜等に血栓による一過性の虚血状態が生じるためとされる。

2 解離性障害の対応と治療


解離性障害の初回面接

解離性障害を有する患者との初回面接は、患者との関係性を築き、正確な診断に至り、今後の治療方針を考えるうえで極めて重要となる。18) 本稿では解離性障害の可能性がある患者について、その鑑別診断を考慮しつつ初回の面接を行うという設定を考える。
 解離性障害は決して珍しい障害ではない。一般人口の 1~5% に見られるという見解もあり、精神科医が一般の臨床で実際に出会うことは決して少なくない。また解離性障害についての臨床家による認知度が増すに従い、それが見逃される可能性は少なくなってきているという印象を持つ。
解離性障害の中でも特にDID の初回面接においては、患者はしばしば面接者に警戒心を持ち、自分の訴えをどこまで理解してもらえるかについて不安を抱えていることに留意すべきであろう。DIDの患者は多くの場合、すでに別の精神科医と出会い、解離性障害とは異なる診断を受けている。 解離性障害の患者が誤診されやすい理由は、解離(転換)の症状の性質そのものにある。DIDのように心の内部に人格部分が複数存在すること、一定期間の記憶を失い、その間別の人格としての体験を持つこと、あるいは転換性障害のように体の諸機能が突然失われて、また比較的急速に回復する、などの様子は、私たちが常識的な範囲で理解する心身のあり方とは大きく異なり、そこに演技や詐病の可能性を疑う医療関係者も少なくない。
 筆者の経験では、解離性障害の主訴には、「物事を覚えていない」「過去の記憶が抜け落ちている」などの記憶に関するものが多い。それに比べて「人の声が聞こえてくる」「頭の中にいろいろな人のイメージが浮かぶ」などの幻覚様の体験は、少なくとも訴えとしてはあまり聞くことがない。それは前者は患者が実際の生活で困っていることであるのに対し、後者は患者がかなり昔から自然に体験しているために、それを不自然と思っていない場合が多いからであろう。
病歴の聴き取り方
解離性障害の現病歴は、すでに幼少時に始まっている可能性がある。たとえ明確な人格の交代現象は思春期以降に生じるようになったとしても、誰かの声を頭の中で聴いていたという体験や、実在しないはずの人影が視野の周辺部に見え隠れしていた、などの記憶が学童期にすでにあったというケースは少なくない。もちろん解離性障害の患者の中には、幼少時の解離症状が明確には見出せない場合もある。解離性遁走の場合は突然自宅や職場から姿を消した時が事実上の発症時期とみなせる。また転換性障害についても身体症状の開始以前に特に解離性の症状が見られない場合も多い。