2016年12月3日土曜日

解離 推敲 ⑥

S187 解離性障害の対応と治療

はじめに
本稿では解離性障害の対応と治療というテーマで論じる。扱う精神疾患は転換性障害を含む解離性障害一般であるが、その中でも解離性同一性障害 dissociative identity disorder (以下本稿では「DID」と記する)、解離性健忘 dissociative amnesia  (以下「DA」と記する) については臨床上の扱いの難しさもあり、特に詳しく論じることにする。

解離性障害の初回面接

解離性障害を有する患者と出会い、初回面接を行う際の留意点についてまず論じる18)
解離性障害の初回面接は、患者が「解離性障害(の疑い)」として紹介されてきた場合と、統合失調症や境界性パーソナリティ障害の診断のもとに紹介されて来た場合とでは多少なりとも事情が異なる。本稿では解離性障害の可能性があると思われる患者について、その鑑別診断を考慮しつつ初回の面接を行うという設定を考えて論じることにする。ちなみに解離性障害は決して珍しい障害ではない。一般人口の 1~5% に見られるという見解もあり24)、精神科医が一般の臨床で実際に出会うことは決して少なくない。また解離性障害についての認知度が増すに従い、それが見逃される可能性は少なくなってきているであろう。
解離性障害の中でも特にDID の初回面接においては、患者はしばしば面接者に警戒心を持ち、自分の訴えをどこまで理解してもらえるかについて不安を抱えていることに留意すべきであろう。DIDの患者は多くの場合、すでに別の精神科医と出会い、解離性障害とは異なる診断を受けている。
 解離性障害の患者が誤診されやすい理由は、解離(転換)の症状の性質そのものにある。DIDのように心の内部に人格部分が複数存在すること、一定期間の記憶を失い、その間別の人格としての体験を持つこと、あるいは転換性障害のように体の諸機能が突然失われて、また比較的急速に回復する、などの様子は、私たちが常識的な範囲で理解する心身のあり方とは大きく異なり、そこに演技の可能性を疑う医療関係者も少なくない。
 筆者の経験では、解離性障害の「主訴」には、「物事を覚えていない」「過去の記憶が抜け落ちている」などの記憶に関するものが多い。それに比べて「人の声が聞こえてくる」「頭の中にいろいろな人のイメージが浮かぶ」などの幻覚様の訴えは、少なくとも主訴としてはあまり聞くことがない。それは前者は患者が実際の生活で困っていることであるのに対し、後者は患者がかなり昔から自然に体験しているために、それを不自然と思っていない場合が多いからであろう。
現病歴の聴取
解離性障害の現病歴は、実は幼少時にはすでに始っている可能性がある。たとえ明確な人格の交代現象は思春期以降に頻発するようになったとしても、誰かの声を頭の中で聴いていたという体験や、実在しないはずの人影が視野の周辺部に見え隠れしていた、などの記憶が学童期にすでにあったというケースは少なくないからだ。もちろん解離性障害の患者の中には、幼少時の解離症状が明確には見出せない場合もあり、その際は現病歴の開始時を特定するのもそれだけ容易になる。たとえば DF の場合は突然自宅や職場から姿を消した時が事実上の発症時期とみなせるだろう。また転換性障害についても身体症状の開始以前に特に解離性の症状が見られない場合も多い。
 解離性障害の現病歴を取る際、特に注意を向けるべき点は、記憶の欠損、異なる人格部分の存在、自傷行為、種々の転換症状などである。患者に記憶の欠損の有無を問うことは、精神科の初診面接ではとかく忘れられがちであるが、解離性障害の診断にとっては極めて重要である。記憶の欠損が解離性障害の診断にとっての必要条件とまではいえないものの、その存在の重要な決め手となることが多い。人格の交代現象や人格状態の変化は、しばしば記憶の欠損を伴い、患者の多くはそれに当惑したり不都合を感じたりする。しかし患者は記憶の欠損が主訴として提示されない場合には、むしろそれに触れない傾向にある。面接者の尋ね方としては、「一定期間の事が思い出せない、ということが起きますか? 例えば今日の午前中は何をしていたか覚えていない、とか、中学時代の友達が一人も思い出せない、とか。」等の具体的な問いを向けるとよいであろう。
 DIDにおいて他の人格部分に関する聞き取りを行う際は慎重さを要する。多くの DID の患者が治療場面を警戒し、異なる人格部分の存在を安易に知られることを望まないため、初診の段階ではその存在を探る質問には否定的な答えしか示さない可能性もある。他方では初診の際に、主人格が来院を恐れたり警戒したりするために、かわりに他の人格部分がすでに登場している場合もある。治療者は DID が最初から強く疑われている場合には、つねに他の人格部分が背後で耳を澄ませている可能性を考慮し、彼らに敬意を払いつつ初診面接を進めなくてはならない。直接別の人格部分に語りかける代わりに、「ご自分の中に別の存在を感じることがありますか?」「頭の中に別の自分からの声が聞こえてきたりすることがありますか?」等の質問の仕方が良いであろう。
自傷行為については、それが解離性障害にしばしば伴う傾向があるために、特に重要な質問項目として掲げておきたい。リストカットや俗に言う「根性焼き」などは、それにより解離状態に入ることを目的としたものと、解離症状、特に離人体験から抜け出すことを目的でとしたものがある15)。通常はその際に痛覚の鈍磨はほぼ必ず生じており、むしろその刺激は安堵感を与えるために、精神的なストレスの際に多用される傾向にある。その背後にはしばしばトラウマ因が関係しているが、それが明白でない場合もある。