2016年10月23日日曜日

ある講演 推敲後 

この講演のゲラチェック、大変だった。ここ2,3日かかりっきりであった。以下はそのアリバイ。あえて小文字。

 本当に皆さんが、解離の患者さんに会うことは少ないのかっていうと、案外そうでもないだろうなと思うんですね。昔から言われている多重人格障害、現代的な言い方ではDID、つまり解離性同一性障害ということになりますが、人によっては人口の1パーセントほどはいらっしゃるのではないかと言われています。そうすると統合失調症と同じなわけです。だから解離の患者さんは案外いろいろな所にいらっしゃるし、かなりの部分が、それを表現することを、かたくなに拒んでいるというか、なるべく秘密にしておきたいっていうのもあるだろうし、一時期そういう状態があって、数年間、あるいは数カ月間、いろいろな人格が出現する時期が続いて、また消えてしまうみたいな感じの方も多いのでしょう。ですから、そういう意味では、いろいろな所で恐らく、皆さん出会っていらして、気が付かずに過ごしてしまったこともあるかもしれないです。
 ただすごく誤った扱い方と私が考える扱い方をしてしまうこともあるでしょうし、そういう意味では、ある程度、こういう障害に対して意識をお持ちになるってことは、大事ではないかというふうに思います。

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 はい、分かりました。そういうことで非常に結構だと思うんですけども、このケースについてある解離の研究会で話したら、ある有能心理士さんは「これはDID、多重人格だろう」というふうに言うんですね。またある精神科の先生に訊ねると、「これだけじゃ何とも言えない」ということでした。実はこの方は、うつ病の患者さんなんですね。特に多重人格ではないです。ただし、そういう方がこういうメールを送ってくると、私は感慨深くなっちゃうんです。どういうことかというと、通常、多重人格という症状を現してない彼女でさえ、心の中に小さい頃の自分みたいなものがいて、そしてここからが大事なんですけども、それが勝手に動きだすっていうところなんですよ。小さい頃の自分をイメージすることができるだけじゃなくて、それが、あたかも命を持ったかのように動きだして、自分はそれに驚いて、そして「10代の私が暴れます」というとき、心は二重映しみたいになっている。

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 われわれの心というのは、脳の中にある情報処理のセンターがあって、そこでの働きが体験されているものです。そして通常はそのセンターが1個なわけです。だから、われわれは心っていうのは1個、自分を1人って考えているわけですが、実は脳の容量はとても大きいので、いくつかのセンターが共存することがあり得て、それぞれが勝手に動きだすという、そういうようなことができるような力というのを、われわれ中枢神経系は持ってるというわけです。
 それは中枢神経系はあまりにも広大で、あまりにもネットワークが緊密なために、その中にいくつかの情報処理のネットワークが出来上がるということを、ポテンシャルとして持っているということを皆さんに、お分かり頂きたいのです。そしてさらに言えば、解離を理解する上ですごく大事なのは、心の中にできた、いくつかのセンター、パーソナリティー、人格状態が、それぞれ個々の自律的な意識を持っていて、それを個々の人として認めるっていうのが、決定的に重要になってくるってことなんです。
 この話をするのはすこし早いかもしれませんが、別の人格、つまりAさんという人の別人格であるBさんが現れてきたときに、「Bさん、あなたはAさんの一部でしょう」とか、「Aさんが心の中につくり上げたイメージ、それがBさんなんですよね」という言い方をすると、Bさんは「どうして私という存在を認めてくれないの? 私はAさんとは違う存在ですよ」という反応を示すことが普通なのです。それぞれ出てきた人格に対して、個別の人格を持ち、主体性を持った人格として扱うということは、解離的な問題を持った患者さんを理解する上で、決定的な点な意味を持つのです。
しょっぱなから結論めいた言い方をしていますけども、そんなことが今日の講演の最後までに、もうちょっと説得力のある形で言えたらなって思います。私がこの2時間で達成したいのは、皆さんの臨床の場面で、もしいつもと違う雰囲気で、全然違う顔つき、目つき、表情のつくり方で話をし始めた人がいて、いつものAさんじゃないなというふうに思えた場合、そしてその人が明らかに子どものような振る舞いをして遊びだしてしまう、甘えてくる、あるいは怒りだす、ということが起きた際に、それを見なかったことにしてしまわないようにしてほしいということです。
 だからといって「治療的に扱ってください」とまでは言わないけども、それをすごく重要な出来事としてとらえ、これがいわゆる解離なんだなというふうに、どっかでそういう話聞いたことあるなということを思い出していただき、次の治療につなげるようなことをしていただけたらなと思うんです。
 別の人格が登場した時に、もし治療者が戸惑ったり怪訝そうな顔をしたりすると、その別人格は空気を読み、奥に引っ込んでしまうことがあります。「この先生にもやっぱり分かってもらえなかった。この人の前でも出ることが出来ないんだ」というわけです。そのようなことがあると、解離の問題がずっと扱われずにいるということがおきます。一般に解離は、その人が過去においてある状況を生き、扱うことが出来なかった場合に生じます。それがずっと心の底のほうに隔離されて、冷凍保存されてたようなことがあったということです。基本的に解離というのは何かが起きたときの、そのときの自分が表現されずに冷凍保存され、箱に入った状態で、今まできてしまったということです。
 解離性障害とは何か。教科書的なことを言いますけども、心の機能はその多くが、それぞれ自律的に営まれ、それを意識がまとめています。解離とは、そのまとまりが一時的に失われて、心の一部が停止したり、独自に活動を始めた状態です。解離症状としての突然の意識消失とか記憶の消失、運動機能の消失、知覚機能の消失等があります。そして解離の一番複雑な状態としてDIDというのがあります。DIDというのは、別の所に別の心が出来上がって、勝手に動いてる状態です。

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