2016年9月2日金曜日

推敲 14 ②

ムヒカ氏の話に戻る。ウルグアイ第40代前大統領。2010年から2015年の間かの地の大統領を務めた。彼の有名な言葉に次のようなものがある。「貧しい人とは、あまり持っていない人のことではなく、もっと欲しがる人のことを言う」。
1935年生まれの81歳(2016年現在)。貧困家庭に生まれ、家畜の世話や花売りなどで家計を助けながら育った。1960年代に入って都市ゲリラ組織「ツパマロス」に加入。1972年に逮捕された際には、軍事政権が終わるまで13年近く収監された。200911月ウルグアイ大統領選挙に当選し、201031日より同国大統領を務めた。
大統領在任中の逸話には事欠かない。大統領公邸は用意されているものの、自宅の農場のトタン屋根の家に住み、収入の9割を寄付しているため生活費は月に1000ドルほど(約10万円)しかなかったという。車は1980年代のおんぼろフォルクスワーゲン。大統領だがネクタイをつけることも嫌がる。「最も貧乏な大統領」と呼ばれた。ムヒカ大統領の下でウルグアイは、人工妊娠中絶や同性婚を認め、マリファナの生産や販売を合法化した。マリファナの 合法化は世界初だったが、これには一部から批判を浴びたという。
極貧に生まれ、家計を助けながら育ったというところは、もと都知事の●●さんと同じだ。しかし同じ人間でもどうしてあんな差がついてしまったのだろうか?こちらの方は政治資金を生活費に流用し、財テクに励み、公用車を使って別荘に行き来していたのである。
ここで磨かれた偉大な魂と普通の魂の違いを報酬系という視点から考える。●●さんは、「ふつうの魂」代表、ということになる。だって彼が特別だとは言えないだろう。都知事という巨大な権力の座についた人間は、おそらく真っ先に報酬系をやられてしまう。自分が動かすお金が巨大で、ふるう権力が大きい場合に、人に何が起きるのか。それはちょうど報酬系を著しく満たすような薬物を体験した人と似ている。人はそれを常習したくなる。一度味わった権力の味は容易には忘れられない。繰り返しそれを味わおうとする。別荘通いを行い、趣味のネットオークションで絵画を落としてはほくそ笑む。「やった、これでうん十万円いただき。取っておいて後で売ろう…。」ものすごく庶民的だけど楽しい人にとっては楽しいのではないか?毎日釣りに行ってはぜを何尾か釣り上げるのと似た感覚ではないだろうか?私も原稿が3行書けただけでも達成感を感じることがある。ちょっとでも進んでいる(儲かっている)というこつこつ感が、またたまらなかったのではないか。そこがまたセコいといわれてしまう原因でもあろうが。
ムヒカ氏も大統領に就任し、巨大な権力を手にし、当然●●氏と似たような体験をしたはずである。しかし彼はそれを常習するのではなく、むしろ拒絶した。その精神力たるや凄まじいものであろう。一度は味見くらいはしたであろう麻薬を目の前に積まれ、それをゴミ箱に捨てるような行為。普通だったら考えられない行為を彼は行った。世界中の政治家を探しても例がないような、給料の9割返上を平然と行うのだ。
私はおそらくムヒカ氏は現代の岩窟王であろうと思う。モンテクリスト伯は14年間獄に繋がれ、出獄した後に復讐を遂げたのだ。すると復讐を遂げる代わりに清貧になったムヒカ氏こそ偉大な魂と言うべきか。彼は13年収監された。南アフリカのネルソン・マンデラは27年の刑務所暮らしをし、一種の悟りを開いたような姿で出獄した。
 ムヒカ氏の13年間の体験と、彼の磨かれた報酬系とはおそらく深いつながりがあるのであろう。ムヒカ氏はおそらく牢獄で、幸せとは何かを考えたはずだ。そして少なくとも彼にとっては、それは物質的な豊かさではないという結論に行き着いたはずだ。それより自分を満足させるものの存在に気が付いたのであろう。