2016年9月7日水曜日

1½ 章 ①


第1½章 報酬系という装置




報酬系とは何か?

いろいろ考えて、この章を挿入することにする。
1章ではいきなり、私が見たおかしな夢の話をした。それを読んだ方の反応はさまざまだろう。「何を言いたいのかさっぱりわからない」という人だっているかもしれない。ただ複雑でわからないことばかりの心や脳に関して、いくつかの確かなことを伝える意味は持っていたかもしれない。それは「脳のある部位の興奮は、私たちを幸せな気分にする」ということである。脳の中心近くにある部位に差し込まれた電極が刺激されると、オールズが実験に使ったネズミはうっとりしとしただろうし、ドクター・ヒースの実験台になった人はやはりうっとりとした。彼らは言葉が話せる状態であったなら、「気持ちいい!」と呟いたに違いない。それは彼らにとって快感であり、報酬であった。だからその部位は快感中とか報酬系とかの名前が付けられたというわけである。
報酬系の発見は確実に脳や心の理解を推し進めたのであるが、同時にそれまで科学者が持たないでいた疑問を提出することになった。
「気持ちいい、という刺激を動物はどうして求めるのだろう?」
あたりまえの疑問だろうか?「気持ちいいことはもっとやりたくなる。それがどうして不思議なのか?」 
しかしこのように問うてみたらどうだろう? 「一回限りの快感、それでいいではないか?」 
確かにそうかもしれない。オリンピックの平泳ぎで金メダルを取った北島康介は「チョー気持ちいい」と言った。でも授賞式を終えて一段落して喜びも収まった時に、「もう一度チョー気持ちよくなりたい!」と言って駄々をこねたという話は聞かない。私たちだって日常生活の快感は似たようなものだ。美味しいラーメンを食べ終えて、「ああ、美味しかった」と満足をする。「ああ、たまんない、もう一杯!」とはならないのだ。大抵は一回の満足で一区切りである。ところが報酬系の刺激は違った。オールズたちのネズミは、寝食を忘れてバーを押し続けた。ドクター・ヒースの実験台となった患者は、何度も電気刺激を要求し、やめないようにと懇願したという。「気持ちイイ」は、「気持ちよさを止めないでほしい」「何度も何度も気持ちよくなりたい」「ずっと刺激していてほしい」、つまりやめられない状態を引き起こした。最初はうっとりしていた彼らは、やがて血眼になっていった。あっという間に嗜癖や依存症の出現である。これは一種の地獄でもある。特に急にスイッチを取り上げられてしまった場合は。こうして報酬系にはとんでもない悪魔が潜んでいることも同時にわかった。夢の中で私が死の間際までリモコンの封筒に手を延ばさなかったのは、最後の瞬間を依存症で終わりたくないので、タイミングを見計らっていたのだろう。
本書のタイトルからも容易に想像がつくように、この本で私がもくろむのは、報酬系の性質から心の在り方を読み解くことである。そのために最初に報酬系の発見の様子を描いた。そこから言えることを以下に順番に論じてみよう。