2016年8月7日日曜日

推敲 5 ③

美人を見ると報酬系は光る
「男と女と報酬系」というテーマなので、 ぜひ女性と美、というテーマにも触れておこう。コンビニや駅のキオスクの売店に並んでいる週刊誌の表紙をざっと眺めてみよう。表紙に映っている美人、美人、美人・・・・。もちろん決して表紙に顔を載せまいと頑張っている雑誌もある。週間春とか、潮とか。しかしそれ以外は、客が週刊誌を手に取る誘いとして、決まって美人の微笑を用いているのだ。
この不思議な現象の対象は妙齢の女性の他にあるだろうか?週刊誌が御老人の顔を表紙に用いる? イケ面男性の横顔を持ってくる?(某男性用雑誌を除く)昔の週刊誌、月刊誌はもう少しバラエティがあった気がする。小学生向けの雑誌は、必ず楽しげな男女の子供の絵を用いていた。週刊潮は谷内六郎の絵。ものすごく硬派な「日ジャーナル」などは、表紙には何も描かれていなかったりした。ところが最近は子供用の漫画雑誌にもアイドルの女性の笑顔が映っているのはなぜだろう?
もう少し言えば、テレビに出てくる女性アナウンサーやキャスター、お天気お姉さんはどうだろう。すべて美女、美女、美女。一体日本はどうなっているのだ!・・・・
この章の目的は、というような主張では実は全然ない。私たちは美人が報酬系にもたらす効果に全面的に屈している、ということである。人は美しい顔を見るのが快感なのだ。
報酬系と美の関係をもう少し探ってみる。ゼキ先生は、美しい顔を見ることと性的に感じることは類似した脳の部位を刺激するとして、眼窩前頭皮質、島皮質、前帯状回をあげている。これらの部位はもう何度も出てきているのはご存じだろう。報酬系の主要な部位である。しかしゼキ博士の興味深いのは、魅力的な顔と、愛する人の顔は両方とも、共通して二つの部位を抑制することを示したことだ。それらは前頭前野と扁桃体である。つまり無批判的になってしまうということだ。彼はここで特に眼窩前頭皮質の持つ意味について強調している。この部位は扁桃体や前帯状回、被殻、尾状核といった部位とつながっている。だから美と愛とはひとつながりのものとして体験されるのも無理はないといっているのである。

美人と商品価値
このタイトルで私は問題発言をすると思っている人もいるかもしれない。「女性を商品と見なす発言だ」といわれそうだ。しかし趣旨は違う。美人の顔は、それに関わっている商品の価値を上昇させるということだ。そしてそれがなぜ、雑誌の表紙に美人の顔がつかわれるのか、モーターショウには、なぜ各車ごとに美女が横で微笑んでいるのか、という問題につながる。第1章で快の文脈性ということを論じたが、快にはお互いがお互いを増強しあうという性質がある。食事をしている時には報酬系刺激はその味をより美味にする。性的刺激を受けている時はそれをより刺激的にする、という風に。これはより一般的に言えば、報酬刺激が、別の報酬刺激による快感を増幅してくれる、ということなのだ。アンフェタミンやコカインを使用する人たちが異口同音に言うのは、それが性的快感を何倍にも増幅するということだ。つまり嗜癖を有する人は、コカインそのものの快感だけでなく、それを用いたうえでの別のソースによる快感も増幅され、より楽しむことが知られるのだ。
このことが美女を見る快感にもつながるということを示した興味深い実験がある。ノルウェーのオスロの研究グループによれば、(Chelnokova, O, Laeng, B, Eikemo, M Et al: Rewards of beauty: the opioid system mediates social motivation in humans Molecular Psychiatry (2014), 1–2)麻薬を少量用いて、報酬系を刺激したうえで、美人の写真を見せると、被験者はその「美女スコア」により高い点を付け、またその写真を眺める時間が増すという。ここで興味深いのは、普通の人、魅力的でない人の写真を見た時には、この麻薬の影響はなかったということだ。すなわちもともと報酬系を刺激しないものについては、増幅効果は表れなかったということだ。
私がこの研究を根拠にした「美人は商品価値を上げる」という主張に理解をしていただけるだろうか。美人の表紙が雑誌を飾っていると、表紙に並んでいる刺激的な記事の見出しは、より面白く刺激的に見え、思わずそれを取ってレジに並ぶというわけだ。あるいは車の横で微笑んでいる美女は、私たちの報酬系を刺激する。その上で次に車に目をやると、その車はよりかっこよく見え、購買意欲を増すということだろう。もちろん逆の関係もある。素敵なドレスやきらきら光るネックレスは、美女の顔を引き立たせることになる。

問題は、引き立たすものと引き立たせるものが、両方とも快感刺激である必要があることだ。これを間違えるとマーケティング戦略はうまく行かない。美女がその隣で微笑んでいる車が、全く何の変哲もない車だったり、美女の表紙の横の見出しが少しも魅力的でないなら、売り上げは伸びないだろう。また一般的な話として、こんなこともいえる。せっかくのきれいなドレスや、真珠のイヤリングをしても、もしあなたが……。いや、これ以上は書けない。