2016年7月14日木曜日

推敲 1-①

今日から第一回目の推敲に入る
 
(1)頭(シュ)医者(リンク)不埒(ふらち)な夢を見る

赤は加筆修正部分

昨夜、おかしな夢を見た。その中で、私は癌を宣告され、余命いくばくもない。自分でも体力が落ちてきているのがわかる。しかし私は特別死を怖くは思っていない。むしろ楽しみなくらいだ。それには秘密がある。死ぬ前に「最後の楽しみ」が取ってあるのだ。
 思えばずいぶんしゃかりきになって走ってきた人生だった。先のことばかり考えていたような気がする。少しでも前に行けないか、そればかりを考えていた。でも最後はゆっくりと、本当の「休息」を取るというのでいいのではないか。努力の結果として受け取る快楽しか自分に許さないという自分が変わってもいいのではないか?
 ふと目の前の予定表を見る。このところ何も予定は書きこまれていない。カレンダーはまっさらだ。ただ一つだけ、一か月後のある日付に「X」と書かれている。そうだ、この日が私のXデイだと主治医に宣告されていたのだ。でもその日まで待つ必要もないだろう。この時折襲ってくる痛みに耐え続けることを思えば、もうこの世に未練はない。それに私にはまだ「最後の楽しみ」が残されている。
私は傍らの未開封の封筒を開ける。何の変哲もない、少し厚みのある茶封筒。他人から見れば、特に重要ではない書類が入っていて、開ける必要すらなくほったらかされたようにしか見えない封筒。しかしそれは特別な印「x」がうっすらと、でもはっきりとつけられているのだ。中からは小型のリモコンのようなものが出てくる。それと一緒に出てくる注意書き。そこには脳の解剖図があり、数か所に点が打たれている。それともう一つの重要な但し書き。「一度ボタンを押すと、もうこのリモコンを手放せなくなるので、くれぐれも注意すること。」
 私は少しためらったあとに私はその「on」のボタンを押す。それは実は不思議なボタンであり、私の脳の数か所がそれによりごく微弱な電気刺激を受ける仕組みになっている。それは「側坐核」や「透明中核」、「中脳被蓋野」などといった部位であり、いわゆる「報酬系」や「快感中枢」と言われている部位である。私の脳のすごく奥深く、中心の部分に細い電線を通して、電極が埋め込まれている。私の友人の敏腕な脳外科医ドクターS(通称、「時々失敗するドクターX」に極秘で手術してもらったのだ。幸い電極のスイッチとはワイヤレスでつながっているので、リモコンボタンで何とかなる。
ボタンが押された数秒後に押し寄せる言いようのない心地よさ。私は感じた。
「これだったのだ!」
私が長らく求めていたが、決して体験できなかったもの。一種の悟りにも似た境地。最後の到達点。お花畑にも似た、華やかで楽しげな、しかしそれをおそらく数倍は増幅したような境地。もういつ死んでもいい。いや、死ぬのはもう少し待ちたい。この心地よさに少しでも長く浸れるのであれば・・・・・。
ここで私は目が覚めたのである。なんと不謹慎な夢を見たのだろう。精神医学や脳科学の知識がなければ見ないような夢。なんとフシダラな人間なのだ・・・・。
ところで「不埒な」、という表現を使っているが、私自身にはこのような夢を見る根拠がないわけではない。人の一生は儚い。大抵の人が、人間が体験しうる最大の苦痛や恐怖も、最上の幸福も体験せずに、普通の人生を営むのではないか。そして人はやがて老い、力尽き、死んでいく。おそらく病院のベッドでごく少数の人に見送られながら。おそらく彼は10年ほど前だったら、「死ぬまでにあれもして、これもして…」と夢見ていた可能性がある。しかしおそらく彼はその10分の一も、百分の一も体験することなく死期を迎えるのだ。彼がチャンスを逃したからだろうか?おそらくそうではない。いざとなるといろいろな事情があり、できなかったのだ。
後に述べることだが、報酬系を別の手段で刺激することに魅了されている人は大勢いる。覚せい剤などはその典型だ。しかしそのための健康被害や払うべき社会的代償はいかばかりのものだろうか? 夢の中の私は違う。自分の脳の一部を自分でチョイチョイ、と刺激して、少しだけいい気持を味わってこの世を去るのだ。恐らく誰も体験しない「最上の幸福」を味わって。これって死刑囚が最後に一服与えられる煙草に似ていないか?

レバーを押し続けるネズミ
報酬系に少しでも関心がある人にとっては、もはや古典的とも言える実験がある。心理学の教科書には必ずと言っていいほどに出てくるが、念のために振り返っておこう。
 1954年のことだから、私が生まれる二年前だ。米国カリフォルニア大学にジェームス・オールズ教授とピーター・ミルナー教授という二人の学者がいて、ネズミを使った実験を行った。ネズミの脳の様々な部位に電極を入れ、ネズミ自身がレバーを押すことで弱い電気が流れ、脳内のそれらの部位が刺激するという装置を作った。彼らは動物の動機づけを知る上で、網様体賦活系というところを刺激することを考えていたという。そしてその部分に電極を差したつもりになっていた。そしてラットの反応を見ていると、どうやらその刺激をラット自身が欲していることをうかがわせる行動を見せた。そこで彼らはラットをスキナーボックスに入れてみた。スキナーボックスには様々なレバーや信号や、それによる報酬を与える仕掛けが備わっている。そこにレバーを設置し、それを押すとラットの脳の該当部位に信号が流れるようにした。すると・・・・ラットは一時間に2000回という記録的な頻度でレバーを押すようになったのである。

オールズらの実験の興味深いところは、ネズミは寝食を忘れて死ぬまでレバーをを押し続けた、というところであるが、おそらくこの実験が革命的であったことは間違いない。それまでどうやら脳というのは、そのどの部分を刺激しても不快感しか生まず、ネズミはそれを回避する傾向にあると信じられていたということだ。