自傷行為が始まる機序に関する仮説
やはり仮説がなきゃね。もちろん科学的な根拠はあまりない。昨日バスの中で、そして新幹線の中で考えていたが、やはり自傷行為にはある種のストレス状況が存在していたはずだ。ロレッタ・ブルーニング博士もそのエッセイで書いていたのだが、あるストレス状況で、それに対処する手段がないとき、人は、動物は追い込まれて、ふとしたことからパニックボタンの存在に気が付くのであろう。退屈さの極致におかれたサルは、ふと体に及ぼされる痛み刺激が、通常とは違う感覚を生むことを知る。腕をひっかく、足をどこかにぶつける、などの偶発的な出来事かもしれないが、それで十分だ。腕をひっかいても痛みではなく、何となくほっとして心地よさを与える状態になっていることに気が付く。そうして意図的な自傷行為が成立するのであろう。
このように考えると、自傷行為の成立には、極度のストレス状況、それもおそらくは幼少時に生じたもの、という仮説が成り立つのだ。ふつう私たちはストレス状況に置かれて、ある種の活動を行うことで窮地から脱出する。天敵に襲われそうになったら、物陰に身をひそめたり、必死で逃げたりするだろう。しかし自傷行為が生じるような状況では、ストレスを軽減する具体的な手段が何もない、という事情があるのだろう。退屈さもそうであるし、怒りや反抗心を表出するような機会が奪われていてその状況に耐え続けなければならないこともあろう。その時にパニックボタンが押されるのだ。
痛覚刺激からパニックボタンへの推移の成立は、種々の精神神経学的な障害でも生じることが知られる。自分の唇さえ噛み切ってしまうようなレッシュ・ナイハン症候群など。まあ一種の脳の配線異常ということになるのだろう。そしてもちろん幼少時の虐待状況もこれに相当することになる。
ちなみにDSM-5には付録に「今後の研究のための病態」というのがあり、そこに非自殺的な自傷行為 Nonsuicidal Self-Injury という項目がある。参考までに。
A.その損傷が軽度または中等度のみの身体的な傷害をもたらすものと予想して(すなわち,自殺の意図がない),出血や挫傷や痛みを引き起こしそうな損傷(例:切創,熱傷,突き刺す,打撲,過度の摩擦)を,過去1年以内に,5日以上,自分の体の表面に故意に自分の手で加えたことがある
注:自殺の意図がないことは,本人が述べるか,または,死に至りそうではないと本人が知つている.または学んだ行動を繰り返し行つていることから推測される
B. 以下の1つ以上を期待して,自傷行為を行う
(1)否定的な気分や認知の状態を緩和する
(2)対人関係の問題を解決する
(3)肯定的な気分の状態をもたらす
注:望んでいた解放感や反応は自傷行為中か直後に体験され,繰り返しそれを行うような依存性を示唆する行動様式を呈することがある
C. 故意の自傷行為は,以下の少なくとも1つと関連する
(1)自傷行為の直前に,対人関係の困難さ,または,抑うつ,不安,緊張,怒り,全般的な苦痛,自己批判」のような否定的な気分や考えがみられる
(2)その行為を行う前に,これから行おうとする制御しがたい行動について考えをめぐらす時間がある
(3)行つていないときでも,自傷行為について頻繁に考えが浮かんでくる
D. その行動が社会的に認められているもの(例:ボディービアス,入れ墨,宗教や文化儀式の一部)ではなく,かさぶたをはがしたり爪を噛んだりするのみではない
E その行動または行動の結果が,臨床的に意味のある苦痛,または対人関係,学業,または他の重要な領域における機能に支障をきたしている
F その行動は,精神病エピソード,せん妄,物質中毒または物質離脱の間にだけ起こるものではない。神経発達障害をもつ人においては,その行動は反復的な常同症の一様式ではない その行動は,他の精神疾患や医学的疾患(例:精神病性障害,自閉スペクトラム症,知的能力障害,レッシュ―ナイ八ン症候群,自傷行為を伴う常同運動症,抜毛症,皮膚むしり症)ではうまく説明されない。