2016年6月22日水曜日

報酬の坂道 ②

 人は、動物は何を求めて行動するのか? 何が楽しいのか。人には様々な行動パターンがあり、趣味や楽しみがあり、仕事がある。それぞれが違った人生を送り、違った脳を持ち、違った目標を持って生きていく。
「何が人を動かすのか? what makes a man tick? 」
私はこの素朴な疑問をおそらくこの30年間持ち続けながら精神科医になり、精神分析を学び、現在に至るが、いまだに解決がつかない。しかし30年前に持っていた疑問に対して、今はその解決の糸口くらいはつかんだ気がする。それは報酬系という人間の脳のシステムと深くかかわっているということである。そして人間が何かに惹かれて行動するように、もっとも下等な動物は、それが自由な運動を獲得し、敵を避けて餌を求めるという行動をとり始めたときに、すでに私たち人間と同じような原理で動いていることを知った。そこでも決め手はやはり報酬系。報酬系を知ることが心を、心を持った人間の行動のなぞを知る手がかりになる。
C. エレガンスは幸せなのだろうか?
 ということで、私の心はどうしてもC. エレガンスに向かってしまう。正式な名前はCaenorhabditis elegans(カエノラブディティス・エレガンス)あまりに長たらしい名前なので、科学者も単純にC.エレガンスと呼ぶというのが決まりごとになっている。(本ブログでは「Cエレ君」)などの名前でも登場する。
 この体長一ミリほどの小さな虫(正式には線虫と呼ばれる)は、一種のモデル生物として実験に非常によくつかわれる。体細胞は約1000個。神経細胞は302個。しかしこれほど単純なのに、学習をし、もちろん生殖もする。そして走性を示す。走性とは好みの匂いの方向に進んでいく、という性質である。染色体は6本あるが、そのゲノムはいち早く解析された。その結果、6本の染色体上に約 19000 個の遺伝子の存在が予測された。(これって人の遺伝子の3万程度と比べてもものすごく多いという印象を与える。)2015年に九州大学の研究グループは、 C. エレガンスが特定のがん患者の尿の臭いを求めて泳ぐという性質を発見した。