2016年6月1日水曜日

精神科医の夢 ④

ア●ゾンで取り寄せてみると、至る所にマーカーが引いてあり、水にぬれた痕があり、ヨレヨレである。トンでもない古本だったが、でもしょうがない。あまり詳しいことを書いてはいないが、それでも彼の「実験」について、彼でなくては書けないこともみられる。
本書によると、人の脳に電極を埋めて刺激をするという実験を、ヒース(ここら辺から呼び捨てである)は19501951年からやっていたという。彼はそれを手に負えないほどに重傷な intractably ill患者に行っていたという。すると外側扁桃核、脚間核interpeduncular nucleus を刺激しても快感を引き起こしたという。
ここで一言コメント。なぜ私は70ドルも出してこの本を取り寄せたのか。それはこの種の記述は今後絶対なされないからだ。考えてもみてほしい。人の脳に電極を植えるという実験的な治療をどこの医療倫理委員会がいまどき認めるだろうか? ヒースのやったことは病気の治療という名を借りた人体実験というニュアンスが、ほんのちょっとだけだがあるのである。だってそうではないか。統合失調症で暴力的な患者さんの治療のため、ということで脳の深部にいくつもの電極を埋め込んでいるのである。抗精神病薬が使える現代なら絶対にありえないことだ。そしてだからこそ貴重な情報を与えてくれているのである。ただしこの本は実はあまり情報を与えてくれないのだ。どうやら彼はいろいろ論文を書いていて、貴重な話はほかのところに乗っていたようだ。そこでそこでまずは Bruce Leonard という人の記述を参考にして、ヒース先生の「業績」を見てみよう。(David Bruce Leonard 2012How to Worship the Goddess and Keep Your Balls: A Man's Guide to Sacred Sex Roast Duck Productions )。
ヒース先生は難治性の障害を抱えた患者、例えば極めて暴力的であったり抑うつ的であったり、統合失調症、治癒不可能な癲癇、震戦、深刻な疼痛を持つ人々に対して、「治療」を行ったという。患者の数は70名程度であったというから驚く。患者は何年にもわたって脳の特定の場所に電極を埋め込まれた。一部の患者はそれにより状態が急速に改善したという。(ほかの人は違ったのか?)
 彼は患者が快適な気分である時に、中隔野と扁桃核の半分が興奮していることを見出した。ここが快感中枢、または報酬系というわけだ。また患者が強烈な怒りを体験している時は、不快中枢ともいえる領域、つまり海馬、視床、被蓋野、そして扁桃核の半分が興奮していたという。(電極にはもちろん刺激を与えるとともに、そこから電位を採取する意味もあったのである)。そして不快中枢を刺激すると、快感中枢の興奮が止まり、逆もしかりという関係を見出した。両方はシーソーの関係にあった。

そこでヒースが考えたのは、統合失調症の患者が幻覚や妄想などの体験をするのは、それらを「中和」するような快感を十分に体験できないからではないかということである。そしてガンによる痛みを持った患者の場合は、快感中枢の刺激でそれが和らぎ、また怒り狂った患者はその気持ちが消えたというのだ。同様のことは鬱、躁、自殺傾向、他殺傾向にも言えた。彼は最終的には小脳から入って報酬系を刺激する方法に至ったという。そうすることで脳の前方部分にある、より侵襲性の高い部分を避けたのである。また電極を留置して、ペースメーカーで刺激できるようにしたという。そして患者さんによっては、止まっていたはずの幻聴が聞こえてきた場合に、ペースメーカーへと至る電線が断線していることがわかる、などのことがあったという。
たとえば1977年には、奥さんの首を絞めろと言う幻聴に悩まされたある患者に電極を差し込み、帰宅させたという。そしてしばらく症状は治まっていたが、また声が聞こえ出した。そこで調べたら、やはり断線していたという。そこを再びつなぎなおすと、症状は消えたそうだ。
 このようにしてヒースの
70名の患者の少なくとも半数はこの治療により効果があったとされる。